誰やらとは誰の事だらう。嬉しさの与へ手はその昔、悲しさの与へ手ではなかつたか。その覚えなしとは云はさぬといふほどの寸法であらう。
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春霞何よりなるぞ桃桜瀬戸の万戸の陶器の窯
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昭和四年四月尾張の瀬戸に遊んだ時の作。春霞とは一体何か。私は知つてゐる。それは桃の花から立ち登るガス、桜の花から立ち昇るガス、葉もあらうかと思はれる焼物窯から立ち昇るガス、さういふものの合成したものがこの町の上に棚曳いてゐる春霞である。
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相寄りてものの哀れを語りつと仄かに覚ゆそのかみのこと
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そもそもの逢ひ初めはどんな風であつたか。私はかすかに思ひ出すが、近く寄つて物の哀れを語り合つただけである。それが如何であらう、けふのこの二人の中は。
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光悦の喫茶の則に従ひて散る桜とも思ひけるかな
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鷹が峰の光悦家を尋ねた折、折から満開の桜の散るのを見て光悦の御茶の規則に従つて散るものと思つたのである。これが晶子さんの見方で他人の決して見ることの出来ない見方である。
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