の上は既に秋で蟋蟀が鳴いてゐる、その訴へが旅の女にはよく分る、分りすぎる位よく分る。しかしその訴へが何であるかを歌は語らない。読者自ら聞いて知るべきであらう。
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脚下《あしもと》の簪君に拾はせぬ窗には海の燐光の照る
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海に臨むホテルのサロンで起つた極めて小さい出来事ではあるが、それが詩人に拾はれ不朽化されて音楽になる、さうするとこの歌になるのである。どうした拍子か簪が落ちた。それを男が拾つて差し出した。女はそれを受け取つて髪にさした。さうして窗から首を出して海を見た。海には燐光が燃えてゐた。しまりのない口語詩に直すとこんな風になる。
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生田川白く長きと炎天と相も向ひて何となるべき
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万葉の頃の生田川は少しは水も流れてゐたらうに、今見るそれは一本の長い白い沙の帯に過ぎない。それが夏の炎天の下で乾き切つて居る。この儘ではどうにもなりさうにない、その名の様に川などには断じてなれさうもないが、それでよいのであらうかとあやしむ心であらう。炎天下の生田川は私も知つてゐるが、これ以上何と歌へよう。
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