少くも迷惑した様な場合が昔からいろいろ歌にも詠まれてゐる。しかしこの歌のやうにそれが懐しい記憶となつて残つてゐる場合は恐らくないだらう。こんな体験は誰にでもあるのだらうが、今まで歌へないでゐたのを作者が取り出して歌つたのである。
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武蔵野の風の涼しき夜とならん登場したり文三と月と
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この春(二十一年)栄養失調でなくなつた江南文三君である。文三君は近年先生の近くに住んでゐたので、いつもぶらりと出掛けたものらしい。そこで「登場したり」となるので、客のするやうな常の訪問でないことが分る。ぶらりとやつて来たのは文三許りでなく月も昇つた、けふは暑さもそれほどでない、今に風も出て涼しくならうから大にとぼけた話でもしませうといふ心持である。江南君は渋谷時代からの古いお弟子で少しエキセントリツクな人物だから「登場」することにもなるのである。
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なつかしきものを偽り次次に草の名までも云ひ続けけり
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わたくしの一番なつかしいのはあなたですとそれが云へない許りに、清少納言のやうにそれほどでもない自然現象か
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