くば見もさびしまじ下の多賀和田木の道の水神の橋 などが数へられる。

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麗色の二なきを譏りおん位高きを嘲《あざ》み頼みける才
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 源氏の恋人達の中には一寸見当らない。清少納言は恋愛の対象として如何か。栄花の中の藤氏の実在人物にはあるかも知れない。或は作者自らもし平安時代にあつたら斯う歌ふであらうとも思はれる。私はあの人の様な美人ではない、あの人のやうに位も高くはない。しかし私にはあの人達の持つてゐない才がある。容色と位と才と男はどれを取るだらう、といふのである。作者に才を頼む心があつたので興が深い。

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そこばくの山の紅葉を拾ひ来て心の内に若き日帰る
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 十二年の秋の盛りに日光に遊ばれ、中禅寺湖畔に宿つた時の歌。この時は紅葉の歌が沢山出来てゐる。 水色の橡の紅葉に滝の名を与へまほしくなれる渓かな 掻き分けて橡の葉拾ふ奥山の紅葉の中に聖者もありと といふ様に色々の紅葉、その中には聖者のやうな橡紅葉もあつて、それを持ち帰つて並べて見ると雛でも飾るやうで久しく忘られた若い心が帰つて来た。

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牡丹散る日も夜も琴を掻き鳴らし遊ぶ我世の果つる如くに
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 牡丹散るとそこで切つて読むのである。またしまひは遊ぶ我が世と続くのであらう。咲き誇つた牡丹の花も遂に散つた、それを見た美女が私達は日夜管絃の遊びにふけつてゐるが其の終りもこんな風なのであらうと忽ち無常観に打たれた処であらう。

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男体の秋それに似ぬ臙脂《えんじ》虎と云ふものありや無しや知らねど
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 紅葉の真盛りの男体山を真向正面から抒して、まるで臙脂色の虎――もしそんなものがゐたら――赤い斑の虎のやうだといつたのである。しかし臙脂虎とは紅をつけた虎の意味で悍婦を斥すと辞書にある。従つてありやなしや知らねどといふ言葉の裏には悍婦の意も自ら含まれてゐるのであらう。又同じ時同じ山を詠んだ歌に 歌舞伎座の菊畑などあるやうに秋山映る湖の底 わが閨に水明りのみ射し入れど全面朱なり男体の山 などがあり、又戦場が原に遊んでは 宿墨をもて立枯の木をかける外は白けし戦場が原 さるをがせなどいふ苔の房垂れて冷気加はる林間の秋 といふ様なすばらしい歌もこの時出来
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