の葉青くひろがり朴の花甘き匂ひす鳥にならまし
[#ここで字下げ終わり]
春になつて少しく山路に這入れば、朴の花が白く匂ひ、柏の葉の青く拡がる景色はどこでも見られる。唯鳥になりたいとは誰も思ひつかない所であつて、それがこの歌以前にこの歌のなかつた理由である。
[#ここから2字下げ]
月夜よし海鳥の像の傍らのテラスに合はす杯の音
[#ここで字下げ終わり]
巴里のことは今ではすつかり忘却の霧の中に這入つてしまつたのでどこに海鳥の像があつたか思ひ出せない。兎に角夏の夕の大きなカフェエのテラスで東洋の客がボツクの杯を合はしたのであらう。それを稍十年の後作者が思ひ出して作つた歌である。私は巴里を去つて既に二十五年になる。何にも思ひ出せないわけだ。
[#ここから2字下げ]
衆人の喜ぶ時に悲しめど彼等歎けば我も歎かる
[#ここで字下げ終わり]
一歩と云はず数歩と云はず世に先んずるものは皆さうであらう。人の憂ひに先立つて憂ふるが故である。しかし衆人の歎く時には我もまた歎くのである。つまり喜ぶといふことを知らずに死んでしまふのが、優れたものの持つて生れた悲しい運命なのである。
底本:「晶子鑑賞」三省堂
1949(昭和24)年7月25日初版発行
1979(昭和54)年1月25日復刊第1刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※引用された歌には、著者による表記変更や、引き写し時の誤りと思われる箇所がありますが、原則として、底本通り入力しました。
※底本にある、佐藤春夫の序文「この書とその著者」、新間進一・八角真の「あとがき」、年譜、短歌索引は入力しなかった。
※底本はすべての歌を、2字下げ17字詰めで組んでいる。テキスト中では単に2字下げとし、個別に字詰めを注記することはしなかった。
※「五杉山荘」と「五松山荘」、「抛書山房」と「抛書山荘」の混在は、底本通りにしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:武田秀男
校正:福地博文
2004年6月18日作成
2005年12月11日修正
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