けは涙が出なければと思ふ。
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夜の二時を昼の心地に往来する家の内かな子の病ゆゑ
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子が重病に罹つた場合どの親でも経験したことを代つて云つて貰つた歌である。かうは誰にも云へなかつたのである。
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一言の別れに云ひも忘れしは冬の月夜の凄からぬこと
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一言のは別れのあと、云ひもの前へ来る句で、一言云ひ忘れたのである。それは何かと云へば、冬の月夜は少しも凄いものでないといふことである。理由はいはずして明白だ。君と一しよだつたから。
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しどけなくうち乱れしも乱れぬも机は寂し君あらぬ時
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之は富士見町の家の書斎の光景、離れの様に突き出した狭い書斎に夫妻は机を並べて仕事をしてゐた。それで先生が居ない折は、乱れた机と乱れない机と並んでゐる様子が一角を欠くが故にいかにも寂しく見えるのである。
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わが肩と建御名方の氏の子の島田と並ぶ夜の炬燵かな
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山国の冬は何事も炬燵がその中心である。建御名方は諏訪明神の本体であるからその氏子の島田といふのは諏訪芸者といふことになる。一晩小宴を開いた所芸者が這入つてくるといきなり炬燵にすべり入つた。晶子さんの隣へ坐つた子は小さい子で見ると島田が肩の処にある。炬燵は毎日這入つてゐて珍しくないが芸者の這入つたのが珍しくてこの歌が出来たわけである。
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古へを持たず知らずと為ししかど昔のものの如く衰ふ
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古人の糟粕を嘗めるを屑しとしない故に私は古い物を持たない又それを知らないといつて新風を誇つて来たのである。それが如何であらう、この頃のやうに衰へて来ると昔の人の衰へた様を詠じたのと少しも変らない。
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師走来て皿の白さの世となりぬ少女の如く驚かねども
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十二月となれば世の中がざわつき、心持に落付きがなくなり皿の白さの持つ荒涼たる光景が現出する。もしそれが少女の新鮮な感覚なら驚きに値しようが、古女にその驚きはないものの、興ざめた次第である。之も印象歌の一例。
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夕月を銀の匙かと見て思ふ我が脣も知るもののごと
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