忍びて書きし跡見れば我が文ながら涙こぼるゝ
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親のもとに居た頃の昔の手紙が、探し物をしてゐると思ひがけなく出て来た。試みに読んで見ると無理をして人にかくれて書いた様子がはつきり出てゐて、その頃のことが思ひ出され涙がぽろぽろ落ちて来た。
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風起り藤紫の波動く春の初めの片山津かな
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昭和六年一月、北陸吟行の途上、片山津温泉に泊した時の作。私はその地を知らないので何とも云へないが、いかにも春の初めらしい気持のよい出来なので幾度か朗誦してあきることがない。
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めでたきもいみじきことも知りながら君とあらんと思ふ欲勝つ
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斯うすれば富貴も得られ幸福も得られるといふ途を私はよく知つてゐる。それにも拘らず、あなたと一しよに居たいと思ふ欲の方が勝つて貧しい暮しを続けてゆくのです。大欲は無欲に似たりでせうか。
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入海を囲む岬と島島が一つより無き櫓の音を聞く
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能登の和倉温泉での作。この歌の中には実際櫓の音がしてゐるやうだ。印象もこの位はつきり出ると神に近い。この時の作も一つ、 海見れば淋し出島の和倉にて北陸道の尽くるならねど 寒い一月の北の入海の心持がよく出て居る歌である。
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腹立ちて炭撤き散らす三つの子を為すに任せて鶯を聞く
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鴎外先生は決して子女を叱らなかつたさうであるが、晶子さんもまたさうであつたらしい。その面目がこの歌に躍如としてあらはれてゐる。鶯を聞くといふからもうこの頃は中六番町に移られてゐたことであらう。
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わが踏みて落葉鳴るなり恋人の聞く音ならばをかしからまし
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昭和四年頃の作で作者五十二歳、血のにじむ様な猛修行をした後に恋を卒業した作者が昔を忘れず今の恋人に聞かせたい様な趣きの見える面白い歌である。さうして若い恋人が聞いたら、この落葉を踏む音が天にも昇るやうに響くかも知れないと思ふのである。
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吉原の火事の明りを人あまた見る夜の町の青柳の枝
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余り繁華な町とは思はれないが青柳の枝は柳の並木らしいので六番町ではないかも知れない。その頃吉
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