ひないよ。」
「俺は子供なんか生まない。」と大きな鼻の男は不平さうに呟いた。
 三人は退屈しながらも何時までも別れようとはしなかった。夕方から街を覆った霧が窓の方へも寄せて来た。彼等の気持も霧のやうに段々重苦しく不透明になって来た。そこで街に出てひどい霧のなかを通って、喫茶店で濃いコーヒーを飲んだ。しかし、もう誰もあまり口をきかないのであった。三人は更に無意味に街を歩いて、歩き疲れて、観念《あたま》も肉体《からだ》も冷えきって、唯一杯の支那そばが食ひたくなった。
 支那そば屋の粗末な椅子に並んで腰を下すと、三人は無言で温かいそばの湯気に頬を埋めた。彼等と少し離れた柱のところには女給が三人控へてゐたが、それらの若いよく肥えた顔の赭い女達は、三人の客には無関心で、何か勝手なことをてんでに話合ってゐた。恰度三人がそばを食べ了へて、ぼんやり女達のお喋りを眺めてゐると、不図一人の女が大儀さうに身をくねらして伸びをした。すると後の二人もそれに誘はれて同じやうに全身をくねらして実に無造作に伸びをしたのである。男達は咄嗟に何を聯想したのか、期せずして一時にワハハハハと噴き出してしまった。
「出よう。」とこの時眼の小さな男は立上った。



底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
   1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年6月18日作成
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