三段にもこまめにせつせと立働くことですな」
後藤がこんなことを面白をかしく喋つてゐると、縁側に自転車の停まる音がして、誰かがのそつと入つて来た。
「バターぢや、雪印が四十五円、どうぢや、要るかなあ」
その男は勝誇つたやうに皆を見下ろしてゐたが、「まあ、まあ、一寸休んで行きなさい」と後藤に云はれると、漸くそこへ腰を下ろし、それから人を小馬鹿にしたやうな調子で喋りだした。
「ははん、これからいよいよ暮し難うなると仰しやるのか、あたりまへよ。大体、十あるものを十人に分けるといふのなら道理も立つが、三つしかないものを十人に分けろなんて、あんまり馬鹿馬鹿しいわい。何もこの際、弱い奴や乞食どもを養つてやるのが政府の方針でもあるまいて。……ははん、ところでまあ聞いてもくれたまへ。こなひだも荷物を送出すのに儂はいきなり駅長室へ掛合に行つた。あたりには人もゐたから、そろつと二十円ほど駅長の机の上に差出して筆談したわけさ。駅長もよく心得たもので早速それは許可してくれた。ははん、近頃は万事まあこの調子さ。……ところで、まあ聞いてもくれたまへ。たつたこの間まで儂もよく知つてゐるピイピイの小僧子がひよつくり
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