、キラキラと燃える樹木、それらは飛散つてゆく僕に青い青い流れとして映る。僕はない! 僕はない! 僕は叫びつづける。……僕は夢をみてゐるのだらうか。
 僕は僕のなかをぐるぐるともつと強烈に探し廻る。突然、僕のなかに無限の青空が見えてくる。それはまるで僕の胸のやうにおもへる。僕は昔から眼を見はつて僕の前にある青空を眺めなかつたか。昔、僕の胸はあの青空を吸収してまだ幼かつた。今、僕の胸は固く非常に健やかになつてゐるやうだ。たしかに僕の胸は無限の青空のやうだ。たしかに僕の胸は無限に突進んで行けさうだ。僕をとりまく世界が割れてゐて、僕のゐる世界が悲惨で、僕を圧倒し僕を破滅に導かうとしても、僕は……。僕は生きて行きたい。僕は生きて行けさうだ。僕は……。さうだ、僕はなりたい、もつともつと違ふものに、もつともつと大きなものに……。巨大に巨大に宇宙は膨れ上る。巨大に巨大に……。僕はその巨大な宇宙に飛びついてやりたい。僕の眼のなかには願望が燃え狂ふ。僕の眼のなかに一切が燃え狂ふ。
 それから僕は恋をしだしたのだらうか。僕は廃墟の片方の入口から片一方の出口まで長い長い広い広いところを歩いて行く。空漠たる沙漠を隔てて、その両側に僕はゐる。僕の父母の仮りの宿と僕の伯母の仮りの家と……。伯母の家の方向へ僕が歩いてゆくとき、僕の足どりは軽くなる。僕の眼には何かちらと昔みたことのある美しい着物の模様や、何でもないのにふと僕を悦ばしてくれた小さな品物や、そんなものがふと浮んでくる。そんなものが浮んでくると僕は僕が懐しくなる。伯母とあふたびに、もつと懐しげなものが僕につけ加はつてゆく。伯母の云つてくれることなら、伯母の言葉ならみんな僕にとつて懐しいのだ。僕は伯母の顔の向側に母をみつけようとしてゐるのかしら。だが、死んだ母の向側には何があるのか。向側よ、向側よ、……ふと何かが僕のなかで鳴りひびきだす。僕は軽くなる。僕は柔かにふくれあがる。涙もろくなる。嘆きやすくなる。嘆き? 今まで知らなかつたとても美しい嘆きのやうなものが僕を抱き締める。それから何も彼もが美しく見えてくる。嘆き? 靄にふるへる廃墟まで美しく嘆く。あ、あれは死んだ人たちの嘆きと僕たちの嘆きがひびきあふからだらうか。嘆き? 嘆き? 僕の人生でたつた一つ美しかつたのは嘆きなのだらうか? わからない、僕は若いのだ。僕の人生はまだ始つたばかりなの
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