屋根がゆるいゆるい速度で傾いて崩《くず》れてゆくのだ。空には青い青い茫《ぼう》とした光線がある。この妖《あや》しげな夢の風景には恐怖などと云うより、もっともっとどうにもならぬ郷愁が喰《く》らいついてしまっているようなのだ。それから、あの日あの河原にずらりと並んでいた物凄い重傷者の裸体群像にしたところで、まるで小さな洞窟《どうくつ》のなかにぎっしり詰め込められている不思議と可憐《かれん》な粘土細工か何かのように夢のなかでは現れてくる。無気味な粘土細工は蝋人形《ろうにんぎょう》のように色彩まである。そして、時々、無感動に蠢《うご》めいている。あれはもう脅迫などではなさそうだ。もっともっとどうにもならぬ無限の距離から、こちら側へ静かにゆるやかに匐《は》い寄ってくる憂愁に似ている。それから、あの焼け失せてしまった家の夢にしたところで、僕の夢のなかでは僕の坐っていた畳のところとか、僕の腰かけていた窓側とかいうものはちょっとも現れて来ず、雨に濡《ぬ》れた庭石の一つとか、縁側の曲り角の朽ちそうになっていた柱とか、もっともっとどうにもならぬ佗《わび》しげなものばかりが、ふわふわと地霊のようにしのび寄っ
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