おそろしいものに視入《みい》っている眼だ。水のなかに浸って死んでいる子供の眼はガラス玉のようにパッと水のなかで見ひらいていた。両手も両足もパッと水のなかに拡《ひろ》げて、大きな頭の大きな顔の悲しげな子供だった。まるでそこに捨てられた死の標本のように子供は河淵《かわぶち》に横《よこた》わっていた。それから死の標本はいたるところに現れて来た。
 人間の死体。あれはほんとうに人間の死骸《しがい》だったのだろうか。むくむくと動きだしそうになる手足や、絶対者にむかって投げ出された胴、痙攣《けいれん》して天を掴《つか》もうとする指……。光線に突刺された首や、喰《く》いしばって白くのぞく歯や、盛りあがって喰《は》みだす内臓や……。一瞬に引裂かれ、一瞬にむかって挑《いど》もうとする無数のリズム……。うつ伏せに溝《みぞ》に墜ちたものや、横むきにあおのけに、焼け爛《ただ》れた奈落《ならく》の底に、墜ちて来た奈落の深みに、それらは悲しげにみんな天を眺めているのだった。
 人間の屍体《したい》。それは生存者の足もとにごろごろと現れて来た。それらは僕の足に絡《から》みつくようだった。僕は歩くたびに、もはやからみ
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