《の》む泉。つぎつぎに火傷者の来て呑む泉。僕はあの泉あるため、あの凄惨《せいさん》な時間のなかにも、かすかな救いがあったのではないか。泉。泉。泉こそは……。その救いの幻想はやがて僕に飢餓が迫って来たとき、天上の泉に投影された。僕はくらくらと目くるめきそうなとき、空の彼方《かなた》にある、とわの泉が見えて来たようだ。それから夜……宿なしの僕はかくれたところにあって湧きやめない、とわの泉のありかをおもった。泉。泉。泉こそは……。
僕はいつのまにか記念館の外に出て、ふらふら歩き廻っている。群衆は僕の眼の前をぞろぞろと歩いているのだ。群衆はあのときから絶えず地上に汎濫《はんらん》しているようだ。僕は雑沓《ざっとう》のなかをふらふら歩いて行く。僕はふらふら歩き廻っている。僕にとって、僕のまわりを通りこす人々はまるで纏《まとま》りのない僕の念想のようだ。僕の頭のなか、僕の習癖のなか、いつのまにか、纏りのない群衆が氾濫している。僕はふと群衆のなかに伊作の顔を見つけて呼びとめようとする。だが伊作は群衆のなかに消え失せてしまう。ふと、僕の眼にお絹の顔が見えてくる。僕が声をかけようとしていると彼女もまた
前へ
次へ
全63ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング