一方のおめでたい意気地なし。これからさきどうなるのかと嘆じても、僕にもわからぬと突放す。……結婚と云ふものはこんなものだったのかしら。彼女は自分が手足を縛られて極極の谷間に投げ捨てられてゐるやうに想へる。ふと、眼をやると、白熊がゐる。何だって肉屋の呉れたカレンダーに熊がゐるのだらう。
憎い肉屋、知らないったら新聞屋、困ったわ米屋――駄洒落まじりの憤りが、ふと心の一角で擡頭すると、その癖が夫の模倣であったのに気がついて朝子は再びむっとする。
――勇ったら、勇、勇ったら、こいつ
その時近所のおかみの子供を叱る例の怒号が始まり出すと[#「始まり出すと」は底本では「殆まり出すと」]、朝子はふと一種の共鳴を覚えた。
底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年6月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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