士の一隊が悲壮な歌をうたひながら、突然、四つ角から現れる。頭髪に白鉢巻をした女子勤労学徒の一隊が、兵隊のやうな歩調でやつて来るのともすれちがつた。
……橋の上に佇んで、川上の方を眺めると、正三の名称を知らない山々があつたし、街のはての瀬戸内海の方角には島山が、建物の蔭から顔を覗けた。この街を包囲してゐるそれらの山々に、正三はかすかに何かよびかけたいものを感じはじめた。……ある夕方、彼はふと町角を通りすぎる二人の若い女に眼が惹きつけられた。健康さうな肢体と、豊かなパーマネントの姿は、明日の新しいタイプかとちよつと正三の好奇心をそそつた。彼は彼女たちの後を追ひ、その会話を漏れ聴かうと試みた。
「お芋がありさへすりやあ、ええわね」
間ののびた、げつそりするやうな、声であつた。
森製作所では六十名ばかりの女子学徒が、縫工場の方へやつて来ることになつてゐた。学徒受入式の準備で、清二は張切つてゐたし、その日が近づくにつれて、今迄ぶらぶらしてゐた正三も自然、事務室の方へ姿を現はし、雑用を手伝はされた。新しい作業服を着て、ガラガラと下駄をひきずりながら、土蔵の方から椅子を運んでくる正三の様子は
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