で焼かれた分なら、保険がもらへるが、疎開でとりはらはれた家は、保険金だつてつかないぢやないか」と、苦情云ふのであつた。
そのうち暫くすると、高子がやつて来た。高子はことのなりゆきを一とほり聴いてから、「じやあ、ちよつと田崎さんのところへ行つて来ませう」と、気軽に出かけて行つた。一時間もたたぬうちに、高子は晴れ晴れした顔で戻つて来た。
「あの辺の建物疎開はあれで打切ることにさせると、田崎さんは約束してくれました」
かうして、清二の家の難題もすらすら解決した。と、その時、恰度、警戒警報が解除になつた。
「さあ、また警報が出るとうるさいから今のうちに帰りませう」と高子は急いで外に出て行くのであつた。
暫くすると、土蔵脇の鶏小屋で、二羽の雛がてんでに時を告げだした。その調子はまだ整つてゐないので、時に順一たちを興がらせるのであつたが、今は誰も鶏の啼声に耳を傾けてゐるものもなかつた。暑い陽光《ひざし》が、百日紅の上の、静かな空に漲つてゐた。……原子爆弾がこの街を訪れるまでには、まだ四十時間あまりあつた。
底本:「日本の原爆文学1」ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日初版第
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