アが一脚ぽつんと置かれてゐた。かうなると、いよいよこの家も最後が近いやうな気がしたが、正三は縁側に佇んで、よく庭の隅の白い花を眺めた。それは梅雨頃から咲きはじめて、一つが朽ちかかる頃には一つが咲き、今も六瓣の、ひつそりとした姿を湛へてゐるのだつた。次兄にその名称を訊くと、梔子《くちなし》だといつた。さういへば子供の頃から見なれた花だが、ひつそりとした姿が今はたまらなく懐しかつた。……
「コレマデナンド クウシウケイホウニアツタカシレナイ イマモ カイガンノホウガ アカアカトモエテヰル ケイホウガデルタビニ オレハゲンコウヲカカヘテ ゴウニモグリコムコノゴロ オレハ コウトウスウガクノケンキユウヲシテヰルノダ スウガクハウツクシイ ニホンノゲイジユツカハ コレガワカラヌカラダメサ」こんな風な手紙が東京の友人から久振りに正三の手許に届いた。岩手県の方にゐる友からはこの頃、便りがなかつた。釜石が艦砲射撃に遇ひ、あの辺ももう安全ではなささうであつた。
 ある朝、正三が事務室にゐると、近所の会社に勤めてゐる大谷がやつて来た。彼は高子の身内の一人で、順一たちの紛争《ごたごた》の頃から、よくここへ立
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