強すぎる真昼の光線で、中国山脈も湾口に臨む一塊の都市も薄紫の朧である。……が、そのうちに、宇品港の輪郭がはつきりと見え、そこから広島市の全貌が一目に瞰下される。山峡にそつて流れてゐる太田川が、この街の入口のところで分岐すると、分岐の数は更に増え、街は三角洲の上に拡がつてゐる。街はすぐ背後に低い山々をめぐらし、練兵場の四角形が二つ、大きく白く光つてゐる。だが、近頃その川に区切られた街には、いたるところに、疎開跡の白い空地が出来上つてゐる。これは焼夷弾攻撃に対して鉄壁の陣を敷いたといふのであらうか。……望遠鏡のおもてに、ふと橋梁が現れる。豆粒ほどの人間の群が今も忙しげに動きまはつてゐる。たしか兵隊にちがひない。兵隊、――それが近頃この街のいたるところを占有してゐるらしい。練兵場に蟻の如くうごめく影はもとより、ちよつとした建物のほとりにも、それらしい影が点在する。……サイレンは鳴つたのだらうか。荷車がいくつも街中を動いてをる。街はづれの青田には玩具の汽車がのろのろ走つてゐる。……静かな街よ、さやうなら。B29一機はくるりと舵を換へ悠然と飛去るのであつた。
琉球列島の戦が終つた頃、隣県の岡
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