る死体を一つ一つ調べてみた。大概の死体が打伏《うつぶ》せになっているので、それを抱き起しては首実検するのであったが、どの女もどの女も変りはてた相をしていたが、しかし彼の妻ではなかった。しまいには方角違いの処まで、ふらふらと見て廻った。水槽の中に折重なって漬《つか》っている十あまりの死体もあった。河岸《かし》に懸っている梯子《はしご》に手をかけながら、その儘《まま》硬直している三つの死骸があった。バスを待つ行列の死骸は立ったまま、前の人の肩に爪を立てて死んでいた。郡部から家屋疎開の勤労奉仕に動員されて、全滅している群も見た。西練兵場の物凄《ものすご》さといったらなかった。そこは兵隊の死の山であった。しかし、どこにも妻の死骸はなかった。
Nはいたるところの収容所を訪ね廻って、重傷者の顔を覗《のぞ》き込んだ。どの顔も悲惨のきわみではあったが、彼の妻の顔ではなかった。そうして、三日三晩、死体と火傷患者をうんざりするほど見てすごした挙句《あげく》、Nは最後にまた妻の勤め先である女学校の焼跡を訪れた。
[#地から2字上げ](昭和二十二年六月号『三田文学』)
底本:「夏の花・心願の国」新潮文庫、新潮社
1973(昭和48)年7月30日発行
2000(平成12)年4月25日39刷改版
初出:「三田文学」
1947(昭和22)年6月号
※本作品は、「夏の花」三部作(「壊滅の序曲」「夏の花」「廃墟から」)のうちの一つである。底本では、「壊滅の序曲」「夏の花」「廃墟から」の順に収録されている。これは作品内容上の時間的な配列となっている。発表順は、「夏の花」「廃墟から」「壊滅の序曲」である。
※冒頭の三行は、「夏の花」三部作全体のはじめに掲げられているものである。
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2005年6月28日作成
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