に漬《つか》って死んでいたが、その屍体《したい》と半間も隔たらない石段のところに、二人の女が蹲っていた。その顔は約一倍半も膨脹し、醜く歪み、焦げた乱髪が女であるしるしを残している。これは一目見て、憐愍《れんびん》よりもまず、身の毛のよだつ姿であった。が、その女達は、私の立留ったのを見ると、
「あの樹のところにある蒲団は私のですからここへ持って来て下さいませんか」と哀願するのであった。
 見ると、樹のところには、なるほど蒲団らしいものはあった。だが、その上にはやはり瀕死《ひんし》の重傷者が臥《ふ》していて、既にどうにもならないのであった。
 私達は小さな筏《いかだ》を見つけたので、綱を解いて、向岸の方へ漕《こ》いで行った。筏が向うの砂原に着いた時、あたりはもう薄暗かったが、ここにも沢山の負傷者が控えているらしかった。水際に蹲っていた一人の兵士が、「お湯をのましてくれ」と頼むので、私は彼を自分の肩に依り掛からしてやりながら、歩いて行った。苦しげに、彼はよろよろと砂の上を進んでいたが、ふと、「死んだ方がましさ」と吐き棄《す》てるように呟《つぶや》いた。私も暗然として肯《うなず》き、言葉は出なかった。愚劣なものに対する、やりきれない憤《いきどお》りが、この時我々を無言で結びつけているようであった。私は彼を中途に待たしておき、土手の上にある給湯所を石崖の下から見上げた。すると、今湯気の立昇っている台の処《ところ》で、茶碗《ちゃわん》を抱えて、黒焦《くろこげ》の大頭がゆっくりと、お湯を呑《の》んでいるのであった。その厖大《ぼうだい》な、奇妙な顔は全体が黒豆の粒々で出来上っているようであった。それに頭髪は耳のあたりで一直線に刈上げられていた。(その後、一直線に頭髪の刈上げられている火傷者を見るにつけ、これは帽子を境に髪が焼きとられているのだということを気付くようになった。)暫くして、茶碗を貰《もら》うと、私はさっきの兵隊のところへ持運んで行った。ふと見ると、川の中に、これは一人の重傷兵が膝《ひざ》を屈《かが》めて、そこで思いきり川の水を呑み耽《ふけ》っているのであった。
 夕闇《ゆうやみ》の中に泉邸の空やすぐ近くの焔があざやかに浮出て来ると、砂原では木片を燃やして夕餉《ゆうげ》の焚《た》き出《だ》しをするものもあった。さっきから私のすぐ側に顔をふわふわに膨らした女が横わっていたが
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