ずん進んで行つた。そして一番に妻の勤めてゐる女学校へ行つた。教室の焼跡には、生徒の骨があり、校長室の跡には校長らしい白骨があつた。が、Nの妻らしいものは遂に見出せなかつた。彼は大急ぎで自宅の方へ引返してみた。そこは宇品の近くで家が崩れただけで火災は免がれてゐた。が、そこにも妻の姿は見つからなかつた。それから今度は自宅から女学校へ通じる道に斃れてゐる死体を一つ一つ調べてみた。大概の死体が打伏せになつてゐるので、それを抱き起しては首実検するのであつたが、どの女もどの女も変りはてた相をしてゐたが、しかし彼の妻ではなかつた。しまひには方角違ひの処まで、ふらふらと見て廻つた。水槽の中に折重なつて漬つてゐる十あまりの死体もあつた。河岸に懸つてゐる梯子に手をかけながら、その儘硬直してゐる三つの死骸があつた。バスを待つ行列の死骸は立つたまま、前の人の肩に爪を立てて死んでゐた。郡部から家屋疎開の勤労奉仕に動員されて、全滅してゐる群も見た。西練兵場の物凄さといつたらなかつた。そこは兵隊の死の山[#「山」は底本では「出」と誤植、25−上−1]であつた。しかし、どこにも妻の死骸はなかつた。
Nはいたるところ
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