がつぎ/\に飛込み、僕の部屋の窓は僕の寝つけない鼓膜になってしまう。一つのもの音から次のもの音の間に横たわっている静謐もその次にはじまるもののために重苦しく身悶えしている。そういう身悶えが鶏のはばたきで破られると、あの声が始まりだす。一羽が終ったかと思うと、もうすぐ次の一羽が待ちかまえて啼きだす。その声々は睡れない僕を滅茶苦茶に掻きむしる。啼きやんで静謐が戻って来ても、僕はもうその次に用意されているあの羽撃きのために脅えつづける。……そういう時、僕にはあの広島の廃墟の姿がぼんやりと浮んでくるのだ。あそこも今ではかなり家が建並んで地上らしくなっているのを僕は知っているはずだ。だが、僕の眼に見えてくるのは、やはり原爆直後のあの何ともいいようない不思議な姿だ。
先日「日本敗れたれど」という映画を見て、僕はまた何ともいいようのないものを煽られた気持がした。廃墟はまだ人の心の隅々にも日常生活のいたるところにも存在しているはずだが、それがまだほとんど回復しないうちに、既に地上では次の荒廃が準備されているのではないか、この無気味な予感が僕を重く苦しめる。そして原子力の投げる最も陰鬱な影はそれを人類
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング