オいゝでしょう。」
「いや、それよりか、あなたの掌の上に乗せてください。その上で、私は話しますから。」
 私が彼を掌に乗せてやると、彼はまず、私が釈放されたことのお祝いを述べました。
「あなたを自由の身にするについては、私もだいぶ骨折ったのです。だが、それも現在、宮廷にいろ/\混みいった事情があったからこそ、うまくいったのです。」
 と、彼は宮廷の事情を次のように話してくれました。
「今、わが国の状態は、外国人の眼には隆盛に見えるかもしれませんが、内幕は大へんなのです。一つは、国内に激しい党派争いがあり、もう一つは、ある極めて強い外敵から、わが国はねらわれていて、この二つの大事件に悩まされているのです。
 まず、国内の争いの方から説明しますが、この国では、こゝ七十ヵ月以上というもの、トラメクサン党とスラメクサン党という、二つの政党があって、絶えず争っているのです。この党派の名前は、はいている靴の踵《かかと》の高さからつけられたもので、踵の高いか、低いかによって区別されています。一般にわが国の昔からのしきたりでは、高い踵の方をいゝとしていました。
 ところが、それなのに、皇帝陛下は、政府の方針として、低い踵の方ばかりを用いることに決められました。特に陛下の靴など、宮廷の誰の靴よりも一ドルル(ドルルは一インチの約十四分の一)だけ踵が低いのです。この二つの党派の争いは、大へん猛烈なもので、反対党の者とは、一しょに飲食もしなければ、話もしません。数ではトラメクサン、すなわち高党の方が多数なのですが、実際の勢力は、われ/\低党の方が握っています。
 たゞ心配なのは、皇太子が、どうも高党の方に傾いていられるらしいのです。その証拠には、皇太子の靴は、一方の踵が他の一方の踵より高く、歩くたびにびっこ[#「びっこ」に傍点]をひいていられるのです。
 ところが、こんな党派争いの最中に、われ/\はまた、ブレフスキュ島からの敵にねらわれ、脅かされているのです。ブレフスキュというのは、ちょうどこの国と同じぐらいの強国で、国の大きさからいっても、国力からいっても、ほとんど似たりよったりなのです。
 あなたのお話によると、なんでも、この世界には、まだいろ/\国があって、あなたと同じぐらいの大きな人間が住んでいるそうですが、わが国の学者は大いに疑っていて、やはり、あなたは月の世界か、星の世界から落ちて来られたものだろうと考えています。それというのも、あなたのような人間が百人もいれば、わが国の果実も家畜も、すぐ食いつくされてしまうではありませんか。それに、この国六千月の歴史を調べてみても、リリパットとブレフスキュの二大国のほかに、国があるなどとは、本に書いてありません。
 ところで、この二大国のことですが、この三十六ヵ月間というもの、実にしつこく、実にうるさく、戦争をつゞけているのです。事の起りというのは、こうなのです。もともと、われ/\が卵を食べるときには、その大きい方の端を割るのが、昔からのしきたりだったのです。
 ところが、今の皇帝の祖父君が子供の頃、卵を食べようとして、習慣どおりの割り方をしたところ、小指に怪我をされました。さあ、大へんだというので、ときの皇帝は、こんな勅令を出されました。『卵は小さい方の端を割って食べよ。これにそむくものは、きびしく罰す。』と、このことは、きびしく国民に命令されました。だが、国民はこの命令をひどく厭がりました。歴史の伝えるところによると、このために、六回も内乱が起り、ある皇帝は、命を落されるし、ある皇帝は、退位されました。
 ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだてゝやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人《むほんにん》はブレフスキュに逃げて行きました。とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人からいます。この争いについては、何百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいゝと書いた本は、国民に読むことを禁止されています。また、大きい端の方がいゝと考える人は、官職につくこともできません。
 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と多数の小舟と、それから、三万人の海陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。
 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をとゝのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向け
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