チたのかと思ったほどでした。しかし、とにかく気を取りなおして、船を作ることに決めました。船ができるまで、二ヵ月待ってもらうことになりました。そして、私は召使の月毛を助手に貸してもらいました。
私は月毛をつれて、あの海賊どもが私をむりやりに上陸させた海岸の方へ行ってみました。丘にのぼって、ずっと四方を見わたすと、東北の方向に島影のようなものが見えています。望遠鏡を出してのぞいてみると、確かに島です。距離は五リーグぐらいです。とにかく、この島が見つかった以上はもう大丈夫だ、後は運を天にまかせて、あの島まで流れて行こう、と私は決心しました。
それから家に帰ると、月毛と相談して、今度は森へ出かけて行きました。私は小刀で、彼はフウイヌムの斧を使って、槲《かしわ》の枝を幾本も切り落しました。それを私はいろ/\に細工しました。一番骨の折れるところは月毛が手伝ってくれて、六週間もすると、インド人の使うような独木舟《カヌー》が一|隻《せき》出来上りました。
船はヤーフの皮で張って、手製の麻糸で縫い合せました。帆もやはりヤーフの皮で作りました。兎と鳥の蒸肉、それに牛乳、水を入れた壷を二つ、それだけを船に積み込んでおきました。私はこの船を家の近くの大きな池に浮べてみて、悪いところをなおし、隙間にはヤーフの脂を詰めました。いよいよ、これで大丈夫になりました。そこで、今度は船を車に積み、ヤーフたちに引かせて、静かに海岸まで運んだのです。
準備が出来上って、出発の日がやって来ました。私は主人夫妻と家族に別れを告げました。目は涙で一ぱいになり、心は悲しみで、掻きむしられるばかりでした。だが、主人は、私が船に乗るところが見たいと言って、近所の人々を誘って一しょにやって来ました。私は潮合を一時間ばかり待っていました。風工合もよくなったので、いよ/\向うの島へ渡ろうと思い、そこで、私は改めてまた主人に別れを告げました。私がひれ伏して、彼の蹄にキスしようとすると、彼は静かにそれを私の口許まで上げてくれました。ほかのフウイヌムたちにも、ていねいに挨拶して、舟に乗り込むと、私はいよいよ岸を離れたのです。
私が岸を離れたのは、一七一四年二月十五日、朝の九時でした。主人や友人たちは、私の姿が見えなくなるまで、海岸に立って、見送ってくれていました。とき/″\、召使の月毛が、
「ヤーフ君、お大事にね。」
と、どなってくれるのが聞えました。
私はできることなら、どこか無人島を見つけたい、と思いました。そこで働きさえすれば、生きてゆける小さな島があったら、私は、ひとりで静かに暮したいのです。私はヨーロッパのヤーフたちの社会へ帰るのは、もう考えただけでも厭でした。
その日の夕方、向うに小さな島が一つ見えてきて、私は間もなく、そこへ着きました。だが着いてみると、それは大きな岩だったのです。しかし、岩の上によじのぼってみると、東の方に陸地がずっと伸びているのが、はっきり見えました。その晩は舟の中で寝て、翌朝早く起きると、また航海をつづけました。七時間ばかりすると、ニューポランドの東南端に着きました。
私は武器を持っていないので、奥へ進むのは心配でした。海岸で貝を拾いましたが、火をたいて土人に見つかるといけないので、生のまゝ食べました。三日間は牡蠣と貝ばかり食べていましたが、近くに綺麗な小川があったので、水の方は助かりました。
四日目の朝、私は少し遠くへ出かけてみました。ふと、前方の丘の上に、二三十人の土人の姿が見えました。男も女も子供も、真裸で、火を囲んでいるのです。一人がふと私の姿を見つけて、すぐほかの者に知らせたかとおもうと、五人の男がこちらへ近づいて来ました。私はもう一目散に海岸へ逃げて帰ると、舟に跳び乗って漕ぎ出しました。
それから私は舟を北の方へ進めてみました。しばらくすると、向うに帆の影が一つ見えてきました。しかも、船はどん/\こちらへ近づいて来るのです。私はこのまゝ待っていようかしらと思いましたが、ヤーフのことを考えると、たまらなくなりました。そこで舟を漕いで一目散に逃げ出しました。そして私が朝出たあの島へまた戻って来ました。私は小川の傍の岩かげに隠れていました。
後から追って来た舟は、ボートをおろして、この島へ水汲みにやって来ました。そして水夫が上陸するとき、私の独木舟《カヌー》に気づきました。持主がどこかにいるにちがいないと、彼等はそこらじゅうを探しまわりました。武装した四人の男が、とう/\、岩かげにすくんでいる私を見つけだしたのです。革の服、毛皮の靴下、私の奇妙な服装に、彼等は驚いたようです。
「立て、お前は何者だ。」
と、水夫の一人が、ポルトガル語で尋ねました。ポルトガル語なら、私もよく知っているので、すぐ立ち上って答えてやりました。
「
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