閨Aかついだりすることぐらいです。
フウイヌムたちは、家から少し離れたところに、小屋を作って、ヤーフを飼っていますが、その他のヤーフは、すべて野原に放し飼いにされているのです。彼等はそこで、木の根を掘ったり、草を食ったり、肉をあさったり、ときには、いたち[#「いたち」に傍点]を捕えて食べます。そして丘などの側に、爪で深い穴を掘って、その中に寝ます。彼等は子供のときから、水泳ぎや、水潜りができます。こうしてよく魚を捕えては、牝が家に持って帰って、子供に食べさせます。
ところで、なにしろ、私はこの国に三年も住んでいたのですから、この国の住民たちの風俗や習慣を、こゝに少し述べておきます。
このフウイヌム族というのは、生れつき、非常に徳の高い性質を持っています。彼等の格言は、『理性を磨け。理性によって行え。』というのでした。
友情と厚意は、フウイヌムの美徳です。どんな遠い国から来た知らない人でも、まるで友達のようにもてなされます。どこへ行っても、自分の家と同じように安心できます。みんなは、非常に上品で、つゝしみ深いのですが、ちょっとも、わざとらしいところがありません。自分の子供も他所の子供も、同じように可愛がります。子供の教育の仕方は、なか/\立派なのです。十八歳になるまでは、ある定まった日でなければ、からす[#「からす」に傍点]麦など一粒も口にすることを許されません。夏は午前に二時間と、午後に二時間ずつ、草を食べさせてもらいますが、この規則を親たちもきちんと守ります。
フウイヌムは、その子弟を強くするために、険しい山や石ころ道を走らせます。汗だくになると、今度は河の中にザンブリ頭から跳び込ませるのです。それから、一年に四回、若い男女が集って、駈けくらや、跳込み、そのほか、いろ/\の競技をします。勝った者には、それをほめる歌が与えられます。
フウイヌムは文字というものを、まるで持っていません。知識は親から子へ口で伝えるのです。彼等は詩を作ることが、とても上手です。友情や善意を歌ったものと、運動の優勝者をほめたものと、なか/\美しい詩があります。
フウイヌムたちは、病気にかゝるということがないので、医者はいません。しかし、怪我をしたときつける薬は、ちゃんと備えてあります。彼等は、病気にかゝつて死ぬようなことはなく、たゞ年をとって自然に衰えて死ぬのです。そして、死人は人目につかない場所にそっと葬られます。臨終だといって、誰も悲しんだりするものはありません。死んでゆく本人でさえ、ちょっとも悲しそうな顔はしていないのです。
彼等は大てい、七十か七十五まで生きます。たまには八十まで生きるものもいます。死ぬ二三週間前になると、だん/\身体が弱ってきますが、別につらくはないのです。そうなると、友達が次々に訪ねて来ます。つまり、気楽にちょっと外出するようなことができないからです。いよ/\死ぬ十日前頃には、今度は橇《そり》に乗って、ヤーフどもに引かせて、ごく近所の人たちだけに答礼に出かけてゆきます。彼は答礼先へ着くと、まず、お別れの挨拶をのべるのですが、それはまるで、どこか遠いところへ旅行するときの別れのような恰好なのです。
私は、主人の家から六ヤードばかり離れたところに、自分の室を一つ作らせてもらいました。
壁は自分で塗り、床には自分で作った筵《むしろ》を敷きました。この国には麻が多いので、それを打って、蒲団のおゝいを作り、その中に鳥の羽毛を詰めました。骨の折れる仕事は子馬に手伝ってもらい、小刀で椅子を二つこしらえました。服が擦り切れると、これは兎の皮で代りを作りました。この皮からは、立派な靴下もできました。私はよく木のうろ[#「うろ」に傍点]から蜜を取って来て、水に混ぜて飲んだり、パンにつけて食べました。
私は、主人のところへ訪ねて来る、フウイヌムのお客たちとも、知り合いになりました。
主人の部屋に、私の方から出かけて行くこともあり、ときには、主人やお客が、私の部屋に訪ねて来ることもあります。それから、またときには、主人のお供をして、お客の家に訪ねて行くこともありました。
私は質問に答えるほかは、こちらから口を出して、しゃべったりするようなことはしなかったのです。たゞ、そばで彼等の話を聞いていれば、それだけで、私は気持よかったのです。
彼等の話は、ちょっとも無駄なところがなく、簡単で、はっきりしていました。ちゃんと礼儀は守られていて、堅苦しいところがないのです。しゃべることは、話す方も楽しければ、聞く方も気持よくなるようなことばかりです。じゃま[#「じゃま」に傍点]も入らねば、退屈もなく、のぼせたり、争ったりするようなことはないのです。
彼等は大てい、友情とか、慈善とか、秩序とか、経済などのことを話し合います。それから
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