B
私は一月もたつと、この国の言葉がかなりうまくなりました。国王の前に出ても、質問は大がい答えることができました。陛下は、私の見た国々の法律、政治、風俗などのことは、少しも聞きたがりません。その質問といえば、数学のことばかりでした。私が申し上げる説明を、とき/″\、叩き役の助けをかりて聞かれながら、いかにも、つまんなそうな顔つきでいられます。
私は、この島のいろ/\珍しいものを見せてもらいたいと、陛下にお願いしました。さっそく、お許しが出て、私の先生が一しょに行ってくれることになりました。私はこの島のさま/″\の運動が何の原因によるものなのか、それが知りたかったのです。
この飛島は、直径約四マイル半の真円い島です。面積は、一万エーカー、島の厚さは、三百ヤードあります。島の一番底は、滑らかな石の板になっていて、その上に、鉱物の層があり、そのまた上に、土がかぶさっています。
島の中心には、直径五十ヤードばかりの裂け目が一つあります。こゝから、天文学者たちが、洞穴へおりて行きます。
その洞穴の中には、二十箇のランプが、いつもともっています。そこには、望遠鏡や、天体観測器や、そのほか、天文学の器械が備えてあります。
この島の運命をつかさどっているのは、一つの大きな磁石です。磁石の真中に、心棒があって、誰でも、ぐる/\廻すことができるようになっています。
この磁石の力によって、島は、上ったり下ったり、一つ場所から他の場所へ動いたりするのです。磁石の一方の端は、島の下の領土に対して、遠ざかる力を持ち、もう一方の端は、近寄ろうとする力を持っています。
もし近寄ろうとする力を下にすれば、島は下ってゆきます。その反対にすれば、島は上ってゆきます。斜めにすれば、島は斜めに動きます。そして、磁石を土面と水平にすれば、島は停まっています。
この磁石をあずかっているのは、天文学者たちで、彼等は王の命令で、とき/″\、磁石を動かすのです。
もし、下の都市が謀叛を起したり、税金を納めない場合には、国王は、その都市の真上に、この島を持って来ます。こうすると、下では日もあたらず雨も降らないので、住民たちは苦しんでしまいます。また場合によっては、上からどし/\大石を都市めがけて落します。こうされては、住民たちは、地下室に引っ込んでいるよりほかはありません。
だが、それでもまだ王の命令に従わないと、最後の手段を取ります。それは、この島を彼等の頭の上に落してしまうのです。こうすれば、家も人も何もかも、一ペんにつぶされてしまいます。
しかし、これはよく/\の場合で、めったにこんなことにはなりません。王もこのやり方は喜んでいません。それにもう一つ、これには困ることがあるのです。つまり、都市には高い塔や柱などが立ち並んでいるので、その上に島を落すと、島の底の石が割れるおそれがあります。もし底の石が割れたりすると、磁石の力がなくなって、たちまち島は地上に落っこちてしまうことになるのです。
2 発明屋敷
私はこの国で、別にいじめられたわけではないのです。だが、どうも、なんだか、みんなから馬鹿にされているような気がしました。この国では、王も人民も、数学と音楽のことのほかは、何一つ知ろうとしないのです。だから私なんか、どうも馬鹿にされるのでした。
ところが、私の方でも、この島の珍しいものを見物してしまうと、もう、こゝの人間たちには、あきあきしてしまいました。彼等はいつも、何か我を忘れて、ぼんやり考えごとに耽っているのです。附き合う相手として、これほど不愉快な人間はありません。で、私はいつも女や、商人や、叩き役、侍童などとばかり話をしました。ものを言って、筋の通った返答をしてくれるのは、こういう連中だけでした。
私は勉強したので、彼等の言葉はだいぶん話せるようになっていました。で、私はこうして、ほとんど相手にもしてもらえないような国に、じっとしているのが、たまらなくなったのです。一日も早く、この国を去ってしまいたいと思いました。
私は陛下にお願いして、この国から出られるようにしてもらい、二月十六日に、王と宮廷に別れを告げました。ちょうどそのとき、島は首府から二マイルばかり郊外の山の上を飛んでいましたので、私は一番下の通路から、鎖を吊り下げてもらって地上におりました。
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。
私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼
前へ
次へ
全63ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング