gなりで、偉い方らしく思われました。私の方を見ては、何かしきりに相談しているようでしたが、ついに、その一人が、上品な言葉で、何か呼びかけました。私もさっそく、返事しました。が、どちらも、言葉はまるで通じません。たゞ、私がひどく困っていることだけは、身振りで、わかってくれました。
相手は私に、岩からおりて海岸の方へ行け、と合図しました。で、私はそのとおりにしました。すると、その飛ぶ島は、ちょうど、私の頭の上に、その縁が近づいて、一番下の通路から、一本の鎖がする/\とおりてきました。鎖の先には、腰掛が一つついています。私がそれに乗ると、鎖はそのまゝ巻き上げられてゆきました。
私がその島へおりると、すぐ大勢の人々が私を取り囲みました。見ると、一番前に立っているのが、どうも上流の人々のようでした。彼等は私を眺めて、ひどく驚いている様子でしたが、私の方も、すっかり驚いてしまったのです。なにしろ、その恰好も、服装も、容貌も、こんな奇妙な人間を私はまだ見たことがなかったからです。
彼等の頭はみんな、左か、右か、どちらかへ傾いています。目は、片方は内側へ向き、もう一方は真上を向いているのです。上衣は、太陽、月、星などの模様に、提琴《フィドル》、横笛《フリュート》、竪琴《ハープ》、喇叭《トランペット》、六弦琴《ギター》、そのほか、いろんな珍しい楽器の模様を交ぜています。それから、召使の服装をした男たちは、短い棒の先に、膀胱をふくらませたものをつけて持ち歩いています。そんな男たちも、だいぶいました。これはあとで知ったのですが、この膀胱の中には、乾いた豆と小石が少しばかり入っています。
ところで、彼等は、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつゝいてやらねば、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持は、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で、主人やお客の耳や口を、静かに代る/″\、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に附き添って歩き、とき/″\、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。
ところで、私はこの国の人々に案内されて、階段を上り、島の上の宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも、彼等は考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼等をつゝいて、気をはっきりさせてやりました。
私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さま/″\の数学の器械が一ぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどか/\と入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向、私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。
陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終ると、一人は口許を、一人は右の耳を、それ/″\軽く叩きました。
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことを気づかれたようです。陛下が、何か一言二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。
陛下はしきりに何か私に質問されているらしいのでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向うの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。
それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に附き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一しょにテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、パンでも、飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
食事がすむと、貴族たちは帰りました。そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼はペン、インキ、紙、それに、三四冊の書物を持
前へ
次へ
全63ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング