スくさんの牛乳が器に入れて、きちんと綺麗に並べてある部屋へつれて行きました。そして、大きな茶碗に牛乳を一ぱい注いでくれました。私はグッと一息に飲みほすと、はじめて生き返ったような気持がしました。
 正午頃、一台の車が四人のヤーフに引かれて、家の前に着きました。車の上には身分のいゝ老馬が乗っていました。彼は非常にていねいに迎えられて、一番いゝ部屋で食事することになりました。部屋の真中に秣草桶を円《まる》く並べ、みんなはそのまわりに、藁蒲団を敷き、尻餠をついたように、その上に坐るのでした。そして、馬どもは、それ/″\、自分の乾草やからす[#「からす」に傍点]麦と牛乳の煮込みなどを、行儀よくきちんと食べるのでした。
 子馬でも非常に行儀がいゝのです。特に、お客をもてなす主人夫妻のやり方は、気持のいゝものでした。ふとそのとき、青毛が私を招いて、こちらへ来て立て、と命じました。
 客たちは、しきりに私の方を見ては、『ヤーフ』という言葉を言っています。これは、私のことを今いろ/\話し合っているのでしょう。
 彼等は私に、知っている言葉を言ってみよと言いました。そして、主人は食卓のまわりにあるからす[#「からす」に傍点]麦、牛乳、火、水などの名前を教えてくれました。私はすぐ彼のあとについて言えるようになりました。
 食事がすむと、主人の馬は私を脇へ呼びました。そして言葉やら身振りで、私の食物がないのが、とても心配だと言います。私はそこで、
「フルウン、フルウン」
 と呼んでみました。『フルウン』というのは、『からす麦』のことです。はじめ私はからす[#「からす」に傍点]麦など、とても食べられそうになかったのですが、これでなんとか、パンのようなものをこさえようと考えついたのです。
 すると主人は、木の盆にからす[#「からす」に傍点]麦をどっさり載せて持って来ました。私はこれを、はじめ火でよく暖めて、もんで殻を取り、それから石で擂《す》りつぶし、水を混ぜて、お菓子のようにして火で焼いて、牛乳と一しょに食べました。
 これははじめは、とても、まずくて食べにくかったのですが、そのうちに、どうにか我慢できました。私は、たまには、兎や鳥を獲って食べたり、薬草を集めてサラダにして食べました。はじめ頃は塩がないので、私は大へん困りました。が、それも慣れてしまうと、あまり不自由ではなかったのです。


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