ネせっせと家の仕事をしていることでした。なにしろ、馬をこんなふうに数え、仕込むことのできる人間なら、よほど偉い主人にちがいないと、私は感心しました。
この部屋の向うには、まだ三つ部屋がありました。私たちは二つ目の部屋を通って、三つ目の部屋へ近づいて行きました。青毛は、そこで私に待っておれと合図しました。私は戸口で待ちながら、この家の主人と奥さんに贈るつもりで、小刀を二つ、真珠の腕環を三つ、小さな鏡、それから真珠の首飾などを用意しておきました。
青毛は、その部屋に入って、三四度いなゝきました。すると、彼の声よりもっとかん高い声で、誰かゞいなゝきました。人間の声はまだ聞えません。しかし、私は向うの部屋に、どんな貴い人が住んでいるのだろうか、と考えました。面会を許してもらうのに、こんな手数がかゝるのでは、この国でも、よほど位のいゝ人なのでしょう。だが、それにしては、そんな貴い人が、馬だけを家来に使っているのは、少し変です。
これは私の頭の方が、どうかしたのではないかしらと思いました。私は今、立っている部屋の中をよく/\見まわしてみました。何度、目をこすってみても、そこは前と変らないのです。夢ではないかしらと、目がさめるように、脇腹をつねってみました。が、夢でもないのです。それでは、これはみんな魔法使の仕業《しわざ》にちがいない、と私は決めました。
ちょうど、そのとき、青毛が戸口から顔を出して、私に入れと合図しました。中に入ってみて、私は驚きました。上品な牝馬が一匹、それに子馬が一匹、小ざっぱりした筵《むしろ》の上にきちんと坐っているのです。
牝馬は延から立ち上ると、私のそばへ来て、私の手や顔をジロ/\眺めました。それから、いかにも私を軽蔑するような顔つきで、
「ヤーフ」
とつぶやきました。そして、青毛の方をかえりみては、お互に何回となく、この「ヤーフ」という言葉を繰り返しているのです。
青毛は私の方へ首を向けて、「フウン、フウン」としきりに繰り返しました。これは、ついて来い、という合図なのでした。そこで私は彼について、中庭のところへ出ました。家から少し離れたところに、また一棟、建物がありました。そこへ入ってみて、私はあッと思いました。
私が上陸してすぐ出くわした、あのいやったらしい動物がいたのです。その三匹の動物がいま、木の根っこや、何か生肉をしきりに食っ
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