Bそうすれば、相手に傷ぐらい負わせて、手を引っ込めさせたでしょう。」
と、私はきっぱり申し上げました。
けれども、私の言うことに、みんなはどっと噴きだしてしまいました。これで私はつく/″\考えました。はじめから問題にならないほど差のある連中の中で、いくら自分を立派に見せようとしても駄目だということがわかりました。
国王は非常に音楽が好きで、だから、よく宮廷では音楽会がありました。私もとき/″\、つれて行かれて、テーブルの上に箱を置いてもらって聞いたものですが、なにしろ大へんな音で、曲も何もわからないのです。軍楽隊の太鼓とラッパをみんな持って来て耳許で鳴らすより、もっと凄い騒がしさです。ですから、私はいつも一番遠いところに箱を置いてもらい、扉も窓もすっかり閉め、カーテンまでおろします。そうすると、それでまず、どうにか聞けるのでした。
国王はまた非常に賢い方でしたが、よく私を箱のまゝつれて来て、陛下のテーブルの上に置かれます。私は椅子を一つ持って、箱から出て来ると、陛下の近くの箪笥の上に坐ります。そこで、私の顔と陛下の顔が向い合いになります。こんなふうにして、私たちは何度も話し合いましたが、ある日、私は思いきって、こんなことを申し上げました。
「一たい陛下がヨーロッパなどを軽蔑なさるのは、どうも賢い陛下に似合わぬことのようです。智恵はなにも身体の大きさによるものではありません。いや、あべこべの場合だってあるようです。蜜蜂とか蟻とかは、ほかのもっと大きな動物たちよりも、はるかに勤勉で、器用で、利口だと言われています。私なども、陛下は取るに足りない人間だとお考えでしょうが、これでも、いつか素晴しいお役に立つかもしれません。」
陛下は、私の話を一心に聞いておられましたが、前よりよほど私をよくわかってくださるようでした。そして、
「それではひとつ、イギリスの政治について、できるだけ正確に話してもらいたい。」
と仰せになりました。
そこで、私はわが祖国の議会のこと、裁判所のこと、人口について、宗教について、或いは歴史のことまで、いろ/\とお話し申し上げることになりました。私は王に何回もお目にかゝって、毎回数時間、この話をお聞かせしたのですが、王はいつも非常に熱心に聞いてくださいました。そして、ノートには、一つ/\、後で質問しようと思われるところや、私の話の要点を書き
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