り云つて、田舎の人は悪人ぞろいだと云うので、わたしは腹が立つた。田舎にいる時は、あんなにペコペコしていて、東京へ来ると随分人が変つたようになり、田舎でなくした着物や時計をとりかえしたい位だと云つた。わたしも、奥さんから、お嬢さんの着物を二枚ほど貰つていたけれど、あまり不平を云うので、かえしてしまいたいと思つた。わたしは、山路さんの家の人達をいゝ人達とは思えない。奥さんに、御主人のお母さん、女子大に行つているお嬢さんが二人。みんなつうんと澄していて、寝る時も、一番きたないぼろぼろの蒲団を貸してくれた。一晩だけ山路さんの家へ泊つて、わたしは上野駅に行つた。そこでわたしは小山に逢つた。上野駅の電車の乗り口で呆んやりしていると、何処へ行くのかと話しかけて来た男がいた。わたしは、東京へ働き口をみつけて、知人をたよつて来たのだけれど、そこで薄情にされたから、また田舎へかえるのだけれども、切符が買えなくて困つているのだと話したら、その男のひとは、東京で働きたいのなら、いくらでも職はみつけてやるから、自分の下宿に来ないかと云つた。わたしは、やぶれかぶれになつていたので、何処で世話になるのも同じだと思つて、その男について行つた。男は浦和のアパートと云うところに住んでいた。みるかげもない汚いアパートの二階で、四畳半の狭い部屋には、蒲団と自炊道具があるきり。畳は芯がはみ出ていて、万年床が窓ぎわに敷いてある。小山は神田の小さい製薬会社に勤めていた。四十位のひとだつた。お金を沢山持つているのが不思議だつた。
お神さんは、空襲で亡くなつて、いまは一人暮しなのだと話していた。その夜、わたしは小山と一つ薄団で眠つた。わたしは小山がいろんなことをするので、はじめはびつくりして何だかおそろしくて仕方がなかつたけれど、田舎へかえることを考えると、我慢しようと思つた。小山はわたしのことを、もうはたちすぎた女だと思つたと云つた。わたしがまだ十八だと云うと、田舎の娘は老けてみえるねと云つた。わたしはどうでもいゝと思つた。考えたところで、どうにもならないのだから、こんなに親身になつてくれる人がいるのはしあわせだと思つた。小山はとてもわたしを可愛がつてくれた。わたしも、だんだん小山が好きになつた。小山が会社から戻つて来るとわたしたちは二人で映画を観に行つた。やがて、寒い冬が来た。わたしは着物を持つていなかつたの
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