も出たし、會社勤めもしたのである。

 久江は何時ものやうにおみくじを二つ引いて帶の間へしまふと、また二天門の方へ復つて行つた。歩きながらも、いまさら御用でもあるまいと苦笑するのであつた。
 二三日前から、一度逢ひたいといふ電話が大吉郎からあつた。相變らずのしやがれ聲で、出先きからでも掛けてゐるやうな氣樂なものゝいひかたである。――別れてからも二年に一度位は何かの偶然で逢つてはゐたけれども、かうして自分から電話をくれるのは始めてゞあつた。
 亡くなつた清治がお化けになつて、大吉郎をさそひに行つたのかも知れない。お母さんも淋しいのですから、何とかより[#「より」に傍点]を戻して下さい、そんな風に久江は電話の聲から空想したものである。
 いやなお化けだね、清治さんのおせつかいめ! 久江はそんなことを考へる自分を哀れに思ひ、いつそ、その電話通り、逢ひに行つてみようかとも考へるのである。
「逢ひたいつて、別に、いまさら、あなたにお逢ひしたところで何も用事はないはずですし、清治が戰死したことだつて、あなたはかまつたことぢやないでせう‥‥あんな厭な別れかたをしてゐるンですし、清治だつて、あなたをし
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