マイは昨日もかっぽれ[#「かっぽれ」に傍点]今日もかっぽれ[#「かっぽれ」に傍点]だ。

 生きる事が実際退屈になった。
 こんな処で働いていると、荒さんで荒さんで、私は万引でもしたくなる。女馬賊にでもなりたくなる。
 インバイにでもなりたくなる。

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若い姉さんなぜ泣くの
薄情男が恋ひしいの……
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 誰も彼も、誰も彼も、ワッハ! ワッハ! あゝ地球よパンパンと真二つになれッ、私を嘲笑っている顔が幾つもうようよしてる。

「キングオブキングを十杯飲んでごらん、拾円のかけだ!」
 どっかの呑気坊主が、厭にキンキラ顔を光らせて、いれずみ[#「いれずみ」に傍点]のような拾円札を、ピラリッとテーブルに吸いつかせた。
「何でもない事だ!」
 私はあさましい姿を白々と電気の下に晒して、そのウイスキーを十杯けろりと呑み干した。
 キンキラ坊主は呆然と私を見ていたが、負けおしみくさい笑いを浮べて、おうよう[#「おうよう」に傍点]に消えてしまった。
 喜んだのはカフェーの主人ばかり、へえへえ、一杯一円のキングオブを十杯もあの娘が呑んでくれたんですからね……ペッペッペッだ。ツバを吐いてやりたいね。

 瞳が炎える。
 誰も彼も憎い奴ばかりだ。
 あゝ私は貞操のない女でござんす。一ツ裸踊りでもしてお目にかけましょうか、お上品なお方達、へえ、てんでに眉をひそめて、星よ月よ花よか! 
 私は野そだち、誰にも世話にならないで生きて行こうと思えば、オイオイ泣いてはいられない。男から食わしてもらおうと思えば、私はその何十倍か働かねばならない。
 真実同志よと叫ぶ友達でさえ嘲笑う。

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歌をきけば梅川よ
しばし情を捨てよかし
いづこも恋にたはむれて
それ忠兵衛の夢がたり
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 詩をうたって、いゝ気持で、私はかざり窓を開けて夜霧をいっぱい吸った。あんな安っぽい安ウイスキー十杯で酔うなんて……あああの夜空を見上げて御覧、絢爛がかゝったな、虹がかゝ[#「虹がかゝ」に傍点]った。

 君ちゃんが、大きい目をして、それでいゝのか、それで胸が痛まないのか、貴女の心をいためはせぬかと、私をグイグイ掴んでいる。

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やさしや年もうら若く
まだ初恋のまぢりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るるその姿

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