の方へおいでんさった方が……。」
私は心細くかまぼこ[#「かまぼこ」に傍点]を噛んだ。
社員達は、全部書類を持って、倶楽部へ集っていると云う。
私はぼんやりと外へ出た。万里の城のように、えんえんとコンクリートの壁をめぐらしたドックを山の上から見ると、菜っぱ服を旗に押したてゝ通用門みたいなとこに、黒蟻のような職工の群が、ワンワン唸っている。
山の小道を、子供を連れたお上さんやお婆さんが、点々と上って来る。六月の海は、銀の粉を吹いて、縺れた樹の色が、シンセンな匂いをクンクンさせていた。
「尾道から警官がいっぱい来たんじゃと。」
髪をいっせいに、後に吹かせた若いお上さんが、ドックを見降した。××と職工のこぜりあい[#「こぜりあい」に傍点]。
「しっかりやれッ!」
「負けなはんな!」
「オーイ……」真昼間の、裸の職工達のリンリとした肌を見ていると、私も両手をあげて叫んだ。旅の古里の言葉で、
「しっかりやってつかアしゃア[#「しっかりやってつかアしゃア」に傍点]。」
「あんた娼妓さんかな。」私は沈黙ってコックリした。
「御亭主《ゴテイ》があそこにおってんな、うちの人ア、こうなったら、もう死んでもえゝつもりでやる云いしよりやんした。」
私はわけもなく涙があふれた。事務員をしたりして、つくした私の男が、大学を出ると、造船所の社員になって、すました生活をしている。どうしても会って帰えらなければいけない。
「こゝから見てると、あんな門位、船につかう××××××を投げりゃ、すぐ崩れちゃうのに。」
「職工は正道でがんすけん、皆体で打つかって行きやんさアね。」
門が崩れた。
蜂が飛ぶように、黒点が散った。
ツルツルした海の上を、小舟が無数に四散して行く。
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潮鳴りの音を聞いたか!
茫漠と拡った海の叫喚を聞いたか!
煤けたランプの灯を女房達に託して
島の職工達は磯の小石を蹴散し
夕焼けた浜辺へ集った。
遠い潮鳴りの音を聞いたか!
何千と群れた人間の声を聞いたか!
こゝは内海の静かな造船港だ
貝の蓋を閉じてしまったような
因の島の細い町並に
油で汚れたズボンや菜っぱ服の旗がひるがえって
骨と骨で打ち破る工場の門の崩れる音
その音はワアン ワアン
島いっぱいに吠えていた。
ド……ド……ド……
青いペンキ塗りの通用門が群れた肩に押されると
敏活なカメ
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