とはこんなものかと思った。
 ごたごた文句を言っている奴等の横ッ面をひっぱたいてやりたい。
 御飯の煮える間に、お母さんへの手紙の中に長い事して貯めた桃色の五拾銭札五枚入れて封をする。
 残金十六銭也。
 たった今、何と何がなかったら楽しいだろうと空想して来ると、五円の間代が馬鹿らしくなった。二畳で五円である。
 一日働いて米が二升きれて平均六拾銭、又前のようにカフェーに逆もどりしようか、あまたゝび、水をくゞっ[#「くゞっ」に傍点]て、私と一緒に疲れきった壁の銘仙の着物を見ていると、味気なくなる。
 ハイハイ私は、お芙美さんは、ルンペンプロレタリヤで御座候だ。何もない。
 何も御座無く候だ。

 あぶないぞ! あぶないぞ! あぶない無精者故、バクレツダンを持たしたら、喜んで持たせた奴等にぶち投げるだろう。
 こんな女が、一人うじうじ生きているより早くパンパンと、××を真二ツにしてしまおうか。

 熱い飯の上に、昨夜の秋刀魚を伏兵線にして、ムシャリ頬ばると生きている事もまんざらではない。
 沢庵を買った古新聞に、北海道にはまだ何万町歩と云う荒地があると書いてある。あゝそう云う未開の地にプロレタリヤの、ユウトウピヤが出来たら愉快だろうな。
 鳩ぽっぽ鳩ぽっぽ[#「鳩ぽっぽ鳩ぽっぽ」に傍点]と云う唄が出来るかも知れないな。
 皆で仲よく飛んでこい[#「皆で仲よく飛んでこい」に傍点]って云う唄が流行るかも知れないな。

 湯から帰えりしな、暗い路地で松田さんに会う、私は沈黙って通り抜けた。

 十二月×日
「何も変な風に義理立てしないで、松田さんが、折角借して上げると云うのに、お芙美さんも借りたらいゝじゃないの、実さい私の家は、あんた達の間代を当にしているんですから。」
 髪の薄い叔母さんの顔を見ていると、おん出てしまいたい程、くやしくなる。
 これが出掛けの戦争だ。急いで根津の通りへ出ると、松田さんが、酒屋のポストの傍で、ハガキを入れながら私を待っていた。
 ニコニコして本当に好人物なのに、私はムカムカしてしまう。
「何も云わないで借りて下さい。僕はあげてもいゝんですが、貴女がこだわると困るから……。」
 塵紙にこまかく包んだ金を私の帯の間にはさもうとした、私は肩上げのとってない昔の羽織を気にしながら、妙にてれくさくなってふりほどいて電車に乗ってしまった。

 どこへ行く
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