が來て、湖がうすかわをかぶったように、少しずつ凍っていくと、ペットはさびしさで耐えられなくなって、毎晩、湖畔に降りては、水に向かってほえたてていた。走ったりほえたりすると、すこしばかりからだが熱くなるから……。
時々、お天氣のいい日は、小鳥を追って、それをペットは、モオリスさんの別莊に運んで、ぽりぽりと骨までかじって食べた。捨てられた赤さびた鑵詰の匂いをかぐと、モオリスさんの匂いがしてなつかしかった。
雪が深くなるにつれ、湖畔のぐるりは白いびょうぶ[#「びょうぶ」に傍点]をたてかけたように、樹木も家も深い雪に埋もれてしまう。
今日も、夕方からはげしい吹雪で、じっとしていると、ペットはからだじゅうが凍りそうなので、湖畔まで走っていき、凍った水の上を見て、ヴオウ、ヴオウ、ヴオウとほえたてていた。まわりはすっかりくらくなっているのに、雪はでんぷんをまきちらしたようにすさまじく吹きあれている。
ペットは朝から何も食べてはいなかった。晝ごろ、大久保村まで食物をあさってみたけれども、何も食べものがないので、いつものように野鼠を追ってみたけれど、雪が深いので野鼠も出てはいない。
湖畔に出て、しばらくほえたてていたペットは、急に後脚が痛くなって、がくんと雪の上にへたばってしまった。ペットは熱い牛乳をのみたいと思った。
ことしの冬は、どうして、こんなに人がいないのだろう、たまに、人のいる別莊をさがしてみても、そこの人達は、ペットを棒で追ったりしてよせつけてはくれない。
ペットは脚を引きずりながら、モオリスさんの別莊へもどって來て、また、床下から、いつものところへもぐっていった。
部屋の中はまっくらで、時々、こわれたガラス戸をゆすって、吹雪がはげしいいきおいで、部屋の中へ吹きこんでいる。しばらくすると、ほのかな雪あかりで、暗い部屋のなかがおぼろ氣にみえて來る。
ペットは二階へ上ってみた。わらのはみ出た廣いベッドが窓ぎわにある。ペットは脚を引きずりながら、ベッドの下にもぐりこんでみた。
ペットは時々頭を窓邊に向けて、はげしい吹雪にほえたててみたけれども、窓を叩く雪まじりの風は少しも靜まらない。
ペットは泣きたくなるほどさびしかった。
天井から、くもの巣だらけのカーテンのひもがぶらさがっている。ペットはしばらくそのひもをがりがりとかんでいた。
ひもをかんでいるうちに、ペットは氣が遠くなっていった。きれいなローソクの灯のような五色の光の色が、ペットのはかない眼のさきにちらちらするような氣がしてきた。
部屋に吹きこむ吹雪は、いつの間にか、小さい蝶々のような天使の姿になって、ペットのからだのまわりをぐるぐる手をつないでまわりはじめている。ペットはいい氣持だった。モオリスさんが、大きいパイプをくわえて、ピアノを彈いている姿やペットにジャンプを教えてくれた、かっと照りつける夏の日の思い出が、ペットの頭に浮かんで來た。
時々、神樣のようなお聲で、
「ペット、眠っちゃいけないよ、元氣を出して、いまに春が來るまで、もうしばらくのがまんだよ。」
といっているようだ。
ペットはうとうといい氣持になってきた。
春になって、アメリカから、モオリスさんは中尉さんで日本へ來た。近いうち、野尻へいくというたよりが、柏原の荒物屋さんをびっくりさせた。荒物屋のおかみさんは、掃除道具を持って、大きい息子と二人でモオリスさんの別莊へ來てみた。
鍵を開けて二階へ上ってみると、モオリスさんのベッドの下で、ペットがみるかげもなくやせさらばえて死んでいた。別にくさりもしないで、平和な寢姿で横になっていた。
ばけつをさげたおかみさんは、「まア、ペットがこんなところにいるよ。」といって泣き出してしまった。おかみさんは、主人の家を忘れないやさしいペットをみて、ほんとに、すまないことをしたと思った。
底本:「童話集 狐物語」國立書院
1947(昭和22)年10月25日発行
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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