ふ、その錦絵のやうな美しさが、いまの自分にはもう遠い過去の事になり果てたやうな気がしてならなかつた。若い頃は骨身に沁みて金慾に目が暮れてゐたものだけれども、年を取るにつれて、しかも、ひどい戦争の波をくぐり抜けてみると、きんは、男のない生活は空虚で頼りない気がしてならない。年齢によつて、自分の美しさも少しづつは変化して来ていたし、その年々で自分の美しさの風格が違つて来てゐた。きんは年を取るにしたがつて派手なものを身につける愚はしなかつた。五十を過ぎた分別のある女が、薄い胸に首飾りをしてみたり、湯もじにでもいゝやうな赤い格子縞のスカートをはいて、白サティンの大だぶだぶのブラウスを着て、つば広の帽子で額の皺を隠すやうな妙な小細工はきんはきらひだつた。それかと云つて、着物の襟裏から紅色をのぞかせるやうな女郎のやうないやらしい好みもきらひであつた。
 きんは、洋服は此時代になるまで一度も着た事はない。すつきりとした真白い縮緬の襟に、藍大島の絣の袷、帯は薄いクリーム色の白筋博多。水色の帯揚げは絶対に胸元にみせない事。たつぷりとした胸のふくらみをつくり、腰は細く、地腹は伊達巻で締めるだけ締めて、お尻
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