かこむ小皺も昔のままだ。輪郭も崩れてはゐない。この女の生活の情態を知りたかつた。この女には社会的の反射は何の反応もなかつたのかもしれない。箪笥を飾り長火鉢を飾り、豪華に群生した薔薇の花も飾り、につこりと笑つて自分の前に坐つてゐる。もう、すでに五十は越してゐる筈だのに、匂ふばかりの女らしさである。田部はきんの本当の年齢を知らなかつた。アパート住ひの田部は、二十五歳になつたばかりの細君のそゝけた疲れた姿を瞼に浮べる。きんは火鉢のひき出しから、のべ銀の細い煙管を出して、小さくなつた両切りをさして火をつけた。田部が、時々膝頭をぶるぶるとゆすぶつてゐるのが、きんには気にかゝつた。金銭的に参つてゐる事でもあるのかも知れないと、きんはぢいつと田部の表情を観察した。広島へ行つた時のやうな一途な思ひはもうきんの心から薄れ去つてゐる。二人の長い空白が、きんには現実に逢つてみるとちぐはぐな気がする。さうしたちぐはぐな思ひが、きんにはもどかしく淋しかつた。どうにも昔のやうに心が燃えてゆかないのだ。この男の肉体をよく知つてゐると云ふ事で、自分にはもうこの男のすべてに魅力を失つてゐるのかしらとも考へる。雰囲気はあ
前へ
次へ
全34ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング