行きます。誰もまだ眠つてゐる時に、呆んやり湯につかつてゐられる、あのひつそりした氣持ちが好きです。悔いなくつかひ果した氣持ちで、大島で修學旅行のやうにあわただしかつた氣持も、此、伊豆の温泉に來てさつぱりしてしまひました。
下田から、東京までの自動車の連絡があつて五圓あまりです。十二三里の山峽を、自動車で走つて行くのですが、風景のいゝのは湯ヶ野から湯ヶ島の間でせう。
修善寺へ這入れば、もう風景とは云へなくなる。温泉宿のつくつた町の姿です。
初夏の頃は素晴らしいと女中が云つてゐました。こゝの女中は大變しとやかでした。大きくても小さくても、宿屋の女中は素朴で口數のあまりたつしやでないのがいゝ。今だに、岡田村の宿屋の上さんのもてなしが、心いつぱいであつた事に、旅人らしい滿足をするのです。ポコポコした疊や、汐つぱい戸障子ながら、岡田村のあの宿へはもういちど行つても惡るくはない氣持ちです。
朝食が濟むと、湯ヶ島の街道を歩いてみました。川端氏の小説にある、伊豆の踊り子のやうな旅藝人が、三味線を肩にして、二三人ポクポク下田の方へ歩いて行きます。十一里の道は、一日には仲々困難な事です。こゝも生椎茸やわさびが名産なのでせう。小さな自動車待合所に、そんなものがごたごた並べてありました。
街道が、峽《はざま》の上にあるので、谷底の家並がひとめです。朝のせいか、湯煙りが川にたちこめてゐて、山の温泉らしさうです。
下賀茂、蓮臺寺、河内などもいゝ温泉だと聞きました。本當は、こつとりこつとり歩きながら、此樣な地を探ぐつたら面白いだらうと思ひます。
湯ヶ島は、元村の宿にくらべると、宿料も安い位だと思ひました。それに何も彼もが清潔です。
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たそがれて
峽のまちを吾が自動車《くるま》
ひたに走りぬ愉しかりけり
山鳩の啼く谷道の
土ほこり
花火と散りてわれなつゝみそ
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このやうな歌二ツ出來たのですが、下手ながら、歌はずにはゐられないやうないゝ風景です。――今夜はいよいよ東京です。修善寺の驛へ出て、古ぼけた地圖を見てゐますと、「大島は再び行きたいところでもない」と云つた氣持ちです。
それ程、下田から湯ヶ島へかけて、私の心をとらへてしまつたのでせう。ところで、驛で新聞を買つてみると、亦、大島での自殺の記事ですが、ひどく心を寒くします。もうあのやうな流行なぞは早く根をたつて、林專務の云つてゐられた、家族連れの小樂園が早く出來るといゝと思ひます。だが、お天氣のいゝ日の、一家族の天城越えなぞは、どんなに雄大で、愉しい思ひ出になるでせうか。
夏には植物の採集なんかに、氣樂に天城の山に遊びたいなんぞ心に浮びます。
底本:「現代日本紀行文学全集 東日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2004年5月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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