で落付きはらつた
その男ぶりに
すつかり私の魂はつられてしまひました。
お釈迦様
あんまりつれないではござりませぬか!
蜂の巣のやうにこわれた
私の心臓の中に
お釈迦様
ナムアミダブツの無情を悟すのが
能でもありますまいに
その男ぶりで炎の様な私の胸に
飛びこんで下さりませ
俗世に汚れた
この女の首を
死ぬ程抱き締めて下さりませ。
ナムアミダブツの
お釈迦様!
[#改ページ]
帰郷
古里の山や海を眺めて泣く私です
久々で訪れた古里の家
昔々子供の飯事に
私のオムコサンになつた子供は
小さな村いつぱいにツチ[#「ツチ」に傍点]の音をたてゝ
大きな風呂桶にタガ[#「タガ」に傍点]を入れてゐる
もう大木のやうな若者だ。
崩れた土橋の上で
小指をつないだかのひとは
誰も知らない国へ行つてゐるつてことだが。
小高い蜜柑山の上から海を眺めて
オーイと呼んでみやうか
村の人が村のお友達が
みんなオーイと集つて来るでせう。
[#改ページ]
苦しい唄
隣人とか
肉親とか
恋人とか
それが何であらふ――
生活の中の食ふと言ふ事が満足でなかつたら
描いた愛らしい花はしぼんでしまふ
快活に働きたいものだと思つても
悪口雑言の中に
私はいじらしい程小さくしやがんでゐる。
両手を高くさし上げてもみるが
こんなにも可愛い女を裏切つて行く人間ばかりなのか!
いつまでも人形を抱いて沈黙つてゐる私ではない。
お腹がすいても
職がなくつても
ウヲオ! と叫んではならないんですよ
幸福な方が眉をおひそめになる。
血をふいて悶死したつて
ビクともする大地ではないんです
後から後から
彼等は健康な砲丸を用意してゐる。
陳列箱に
ふかしたてのパンがあるが
私の知らない世間は何とまあ
ピヤノのやうに軽やかに美しいのでせう。
そこで始めて
神様コンチクシヨウと吐鳴りたくなります。
[#改ページ]
疲れた心
その夜――
カフエーのテーブルの上に
盛花のやうな顔が泣いた
何のその
樹の上にカラスが鳴こうとて
夜は辛い――
両手に盛られた
わたしの顔は
みどり色のお白粉に疲れ
十二時の針をひつぱつてゐた。
[#改丁]
鯛を買ふ
[#改丁]
鯛を買ふ
――たいさんに贈る――
一種のコオフン[#「コオフン」に傍点]は私達には薬かも知れない。
二人は幼稚園の子供のやうに
足並そろへて街の片隅を歩いてゐた
同じやうな運命を持つた女が
同じやうに瞳と瞳をみあはせて淋しく笑つたのです
なにくそ!
笑へ! 笑へ! 笑へ!
たつた二人の女が笑つたつて
つれない世間に遠慮は無用だ。
私達も街の人に負けないで
国へのお歳暮をしませう。
鯛はいゝな
甘い匂ひが嬉しいのです
私の古里は遠い四国の海辺
そこには
父もあり
母もあり
家も垣根も井戸も樹木も……
ねえ小僧さん!
お江戸日本橋のマークのはいつた
大きな広告を張つておくれ
嬉しさをもたない父母が
どんなに喜こんで遠い近所に吹ちようして歩く事でせう
―娘があなた、お江戸の日本橋から買つて送つて下れましたが、まあ一ツお上りなしてハイ……
信州の山深い古里を持つ
かの女も
茶色のマントをふくらませ
いつもの白い歯で叫んだのです。
―明日は明日の風が吹くから、ありつたけのぜに[#「ぜに」に傍点]で買つて送りませう……
小僧さんの持つた木箱には
さつまあげ、鮭のごまふり、鯛の飴干し
二人は同じやうな笑ひを感受しあつて
日本橋に立ちました。
日本橋! 日本橋
日本橋はよいところ
白い鴎が飛んでゐた。
二人はなぜか淋しく手を握りあつて歩いたのです
ガラスのやうに固い空気なんて突き破つて行かう
二人はどん底[#「どん底」に傍点]を唄ひながら
気ぜはしい街ではじけるやうに笑ひました。
[#改ページ]
馬鹿を言ひたい
――古里の両親に――
千も万も馬鹿を言ひたい……
千も万も馬鹿を吐鳴りたい……
只何とはなしに……
こんなにも元気な親子三人がゐて
一升の米の買へる日を数へるのは
何と云ふ切ない生きかただらう。
呆然と生きて来たのではないが
働き馬のやうに朝から晩まで
四足をつゝぱつて
がむしやらに
食べたい為に
只呆然と生きて来てしまつた!
親子三人そろつて
せめて
千も万も 千も万も
馬鹿を吐鳴つたらゆかいだらう。
[#改ページ]
酔醒
なつかしい世界よ!
わたしは今酔つてゐるんです。
下宿の壁はセンベイのやうに青くて
わたしの財布に三十銭はいつてゐる。
雨が降るから下駄を取りに行かう
私を酔はせてあの人は
何も言はないから愛して下さいと云ふから
何も言はないで愛してゐるのに
悲しい……
明日の夜は結婚バイカイ所へ行つて
男をみつけませう――
わたしの下宿料は三十五
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング