の米をかしぐ間の私の幻想は
急行列車の中に空想の玩具を積みあげて
火花の鎖のやうに燃へて
走つて行きます。
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 失職して見た夢

燃へるやうに暗い夜
月がトンネルにくゞりこんで
沖では白帆がコトコト滑つてゐた
そこでセツケン工場を止めさせられた私が
ソーダでカルメラのやうに荒れた手を
香水の中にひたして泣いてゐた。

どこまで歩いたか知らないが
とにかく暗に火が見へる
おあつらへ向きに腹がへつて
そこは支那料理店だつた
焼きたての豚肉がいつぱい盛られて
一皿八銭

目の光る支那人のコツクに
私は熱い思ひをした
ぢつとふれあつてゐる腕に
支那人のコツクは蛇を巻きつかせてヘツヘツ……
長い髪を上へかき上げたら
私の可愛い恋人であつた。
手品の蛇が飛んぢやつた!
青い泡が固いセツケンになつてしまつた。

私と恋人は野に転び小指をつなぎ合はせて接吻したが
恋人は此世ではとても食つて行けないからと
私の小さい胸をぶち抜かうとした
赤い火花が固いセツケンになつてしまつた

私は支那料理が食ひたくなつて
海上を一目散に逃げ出した
ズドン一散! 私の貞操は飛んぢやつた。
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 月夜の花

女郎買ひの帰りに
俺は雪の小道を
狐が走つてゐるのを見たよ
彼の人は凍ほつた道を子供のやうに蹴つてゐた。

郊外の町を歩いて
私は彼の人と赤い花を買ひに行つた
幾年にもない心の驚異である
明日は花の静物でも描かうや……
彼の人は月に引つかけるつもりか
マントを風にゆすつてゐる。
雪の小道を狐が走つてゐるのを見た
丁度波のやうに体をくねらせて走つて行つたよ
彼の人の山国の女郎屋の風景を思ひ浮べ乍ら
台所の野菜箱のやうな私を侘しく思つた
しめつた野菜箱の中に白つぽい蒼ざめた花を
咲かせては泣いた私であつたに
ね…… オイ! 沈丁花の花が匂ふよ
暗い邸の中から
仄かな淋しい花の匂ひがする

私は赤い花を月にかざしてみた
貧しい画かきに買はれた花は
プチプチ音をたてゝ月に開いてゐる。
雪も降つてゐない
狐も通つてゐない
月の明るい郊外の田舎道だ。
[#改ページ]

 後記

 拾年間の作品の中で、好きなのだけ集めてみました。何だか始めてお嫁入りするやうで恥かしいのです。

 此詩集の中の詩は、全部発表したものばかりです。皆働らいてゐる時に書きましたので、この詩稿は真黄にやけて、私と転々苦労を共にして来ました。

 何も云はないで只万歳と叫びませう。

 序を書いて下さいました、石川三四郎氏、辻潤氏は、私の最も尊敬する方でございます。
 詩壇の誰もに私は相手にされなかつたのに、かくまで親切なる序文を戴いた事は、私の拾年あまりの詩の苦行も、無駄ではなかつたと思つております。
 私は誰よりも私を愛して下さつた、私の多くの女友達に、此せいゐつぱいの詩集をおくり日頃の友情に報ひたいと思ひます。
[#地から1字上げ]――昭和四年・五月・林芙美子――



底本:「蒼馬を見たり」日本図書センター
   2002(平成14)年11月25日初版第1刷発行
底本の親本:「蒼馬を見たり」南宋書院
   1929(昭和4)年6月15日発行
※別ファイルに切り分けた石川三四郎と辻潤による「序」を、目次から削除しました。
入力:鈴木厚司
校正:noriko saito
2008年10月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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