エルテルの嘆きと少しも変らぬ、そんなものだ。快適な地すべりをして、ウエルテルの文字は流れている。甘い事この上なしの惚れ文《ぶみ》なり。私はもっと、憎悪を持って、男の事を考える。嘘ばかりで、文学が生れている。みせかけの図々しさで、作者は語る。淫蕩《いんとう》で、仁慈のあるスタイルで、田舎者の読者をたぶらかす。厭じゃありませんか。
いっその事、神田の職業紹介所まで行って、また、あの桃色カードの女になってみようかと思う。月三十円もあれば、また、静かに書きものは出来る。畳に腹ばって、二十枚八銭の原稿紙を書きつぶす快味。たまには電気ブランの一杯もかたむけて、野宿の夢を結ぶジオゲネスの現実。面白くもないこの日常から、きりきりと結びあげたい気にもなる。
蒸気をシュッシュッと吐いて生きなければなりませんとも……。おてんとうさまよ。どうして、そんなに、じりじりと暑く照りつけて苦しめるのですか? 暑い。全く、暑くて悶死《もんし》しそうだ。どっかに、巨《おお》きな水たまりはありませんかね。鯨の如く汐を噴いてみたいのですよ。
一銭の商売にもありつけず、夕方御きかん。
キャベツにソースをふりかけて、麦飯にありつく。義父はしのぶ売りに出掛けて留守。お母さんは腰巻一枚で洗濯。私も裸になって、井戸水をかぶる。
少女画報から、原稿返っている。
舌を出して封を切る。
奇蹟の森なぞと気取った題をつけても、原稿は案外戻って来る。何も、奇蹟なぞありようがない。信心家の貧しい少女が、パレスチイナでの地を支配する物語なぞ、犬に食われてしまうのは必定、のぼせあがって、世界一の作文なぞに思った事も束《つか》の間《ま》。ああ、この心のほこりも蝶の如く雨の中にかきつけられてしまいましたである。
井戸水を浴びて、かっかっと火照《ほて》る躯で畳に腹這い、多少なりとも先途の事を考える。燈をしたって、蛾《が》やかなぶんぶんが飛んで来る。何よりもうるさいのは蚊軍の責め苦なり。
古い文章倶楽部を出して読む。相馬泰三の新宿|遊廓《ゆうかく》の物語り面白し。細君はとり子さんと云うのだそうだが、文章では美人らしい。
ああ、世の中は広いものだ。毎日、何とか、美味いものを食って、夫婦でのんびり夜店歩きの世界もある。
あれもこれも書きたい。山のように書きたい思いでありながら、私の書いたものなぞ、一枚だって売れやしない。そ
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