なかにそんな気のない事をはっきりと自覚している。私は殴られる相手として薄馬鹿な顔をしているのは沢山だ。楽天家ぶっているのには閉口。あなたが、殴りさえしなければ戻って来たいのよと嘘を云う。
 店へ戻ったのがお昼。がんもどきの煮つけと冷飯。息をもつかずのど[#「のど」に傍点]を通る。近所の薬屋で桜膏《さくらこう》を買って来てこめかみ[#「こめかみ」に傍点]へ張る。胸の骨が痛いので、胸にも桜膏をいく枚も張りつける。

[#ここから2字下げ]
あわれこもりいのヒヤシンス
むらさきのはなびら
うす紅のべん
におう におう
尼ぼとけの肩。

うなばらにただよう屍
根株のひげ根の波よせて
におう におう
汐《しお》ざいの遠鳴り
波がしらみな北にむく。

伏せていこうはは
屍の炬燵《こたつ》
ほのかににおう
うつつ世のつかれ念仏
あくびまじりの或日の太陽。
[#ここで字下げ終わり]

 自由に作曲が出来たら、こんな意味をうたいたい。

(三月×日)
 うららかな好晴なり。ヨシツネさんを想い出して、公休日を幸い、ひとりで浅草へ行ってみる。なつかしいこまん堂。一銭じょうきに乗ってみたくなる。石油色の隅田川、みていると、みかんの皮、木裂《こっぱ》、猫のふやけたのも流れている。河向うの大きい煙突からもくもくと煙が立っている。駒形橋のそばのホウリネス教会。あああすこはやっぱり素通りで、ヨシツネさんには逢う気もなく、どじょう屋にはいって、真黒い下足の木札を握る。籐畳《とうだたみ》に並んだ長いちゃぶ台と、木綿の薄べったい座蒲団。やながわに酒を一本つけて貰う。隣りの鳥打帽子の番頭風な男がびっくりした顔をしている。若い女が真昼に酒を飲むなぞとは妙な事でございましょうか? それにはそれなりの事情があるのでございます。久米《くめ》の平内《へいない》様は縁切りのかみさんじゃなかったかしら……。酒を飲みながらふっとそんな事を思う。鳥打帽子の男、「いい気持ちそうだね」と笑いかける。私も笑う。
 ささくれた角帯に、クリップで小さい万年筆の頭がのぞいている。その男もお酒を飲んでいる。店さきにずらりと自転車が並び、だんだん客がふえて来る。まるで天井にかげろうがまっているような煙草のもうもうとした煙。少しの酒にいい気持ちになって来る。どじょう鍋になまずのみそ椀、香のものに御飯、それに酒が一本で八十銭。何が何だってとた
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