いの空がぼんやり眼にうつる。
誰かが扉をノックしている。私は立ちあがって、扉を開けた。見知らぬ若い男のひとが立っている。私はそのひとを救いの神のように思い、どうぞおはいり下さいと云って、そっと下駄をつかんで廊下へ出て行った。野村さんが何か云って廊下へ出て来たけれども、私は急いで表へ出て行った。風邪をひきそうに頭の痛い気持ちだった。
横寺町の狭い通りを歩きながら、私は浅草のヨシツネさんの事をふっと思い浮べた。プラトニックラブだよと云ったヨシツネさんの気持ちの方がいまの私にはありがたいのだ。
独りでいると粗暴な女になる。
夜。
酔っぱらって唄をうたっているところへ、にゅっと野村さんが這入って来た。私は客の前で唄をうたっていた唇をそっとつぼめて、黙ってしまった。私の番ではなかったけれども、あのひとに金のない事は判りきっている。胸のなかが酢っぱくなって来る。
勝美さんがほおずきを鳴らしながら酒を持って行った。私は腰から下がふわふわとして来る。そっと勝美さんを裏口へ呼んで、あのひとは私の知ってるひとで金がないのだからと云うと、勝美さんはのみこんで表へ出て行った。私はそのまま遊廓《ゆうかく》の方へ歩いて行く。畳屋の管《かん》さんに逢う。何処へ行くンだと云うから、煙草買いに行くンだと云うと、管さんは、寿司をおごろうと云って、屋台寿司に連れて行ってくれた。管さんは新内のうまいひとだ。西洋洗濯屋の二階に、お妾《めかけ》さんを置いていると云う風評だった。
ゆっくり時間をとって、帰ってみると、まだ野村さんはいた。そばへ行って話す。酒を飲み、焼飯を食って、平和な表情だった。私は、どんな犠牲もかまわないと思った。
十時頃野村さん帰る。
土のなかへめりこんで行きそうな気がした。愛情なぞと云うものはありようがないのだと自分で気づく。
(二月×日)
朝、大久保まで使いに行く。家賃をとどけに行くのだ。いくらはいっているのか知らないけれど、ふくらんだ封筒を見ると、これだけあれば一二カ月は黙って暮らせるのだと思う。大久保の家主は大きい植木屋さん。帳面に受取りの判こを貰って、お茶を一杯よばれて帰る。
新宿の通りはがらんとしている。花屋のウインドウに三色すみれや、ヒヤシンスや、薔薇《ばら》が咲き乱れている。花はいたって幸福だ。電車通りのムサシノ館はカリガリ博士。久しく活動もみないので
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