《しゅうそく》の一歩手前でうろうろしているばかりなり。天才は一人もいない。自分だけが天才と思っているからよ。それ故、私たちはダダイスト。只何となく感じやすく、激しやすく、信念を口にしやすい。何もないくせに、まずここんところから出発してゆくより仕方がない。
 風が吹くので、いろいろな男のことを考える。誰のところに逃げこんで行ったらいいのかと考える。だけど考える事は何もならない。勇気だけだ。何しろ、相手を驚かせる戦術なのだからはずかしい。またマンドリンがきこえて来る。籠の鳥の方がよっぽど羨《うらや》ましい。ああ狂人になりそうだ。
 こんなに童話を書き、講談を書いても一銭にもならないなんて。インキだって金がかかるのよ。
 昼から風の中を仕事さがしに歩く。
 何もない。人があまっている。美人はざくざく。只若いだけではどうにもならない。神田の古本屋でイバニエスを売る。二十銭にうれる。四十銭が二十銭に下落してしまった。九段下の野々宮写真館のとなりの造花問屋で女工募集をしている。何しろ手さきが不器用だから……薔薇《ばら》もチュウリップもまちがえて造りそうだ。日給八十銭は悪くない。不安の前には妙に嘔気《はきけ》が来る。嘔くものもない妙な不安な状態。やすくに神社はあらたか。まずていねいにおじぎをして一口坂の方へ歩く。
 あまてらすおおみかみの頃には、こんなに人もあまってはいなかったのだろう。美人もうようよいなかったのだろう。あまてらすおおみかみさまは裸で岩戸からのぞいておいでになる。かがみや、たまや、みつるぎは、どこでおもとめになったのか不思議だ。にわとりはどこで生れたのだろう。ああ昔はよかったに違いない。
 そのじせつになるとちゃんと秋の風が吹く。魚屋はみとれるほどの美しさ。しけ[#「しけ」に傍点]であろうと嵐であろうと、魚は陸へどしどしあがって来る。胸に黄いろいあばらのついた軍服で、近衛《このえ》の騎馬隊が、三角の旗を立てて風の中を走ってゆく。馬も食っている。騎馬隊の兵隊さんも食っているのだ。何処かで琴の音がしている。豆腐屋では大鍋いっぱい油をはって油揚げを揚げている。荷車いっぱいにおからをバケツで積みこんでいる人夫がいる。酒屋の店さきの水道の水は出っぱなしで、小僧が一升徳利を洗っている。味噌|樽《だる》がずらりと並び、味の素や福神漬や、牛鑵《ぎゅうかん》がずらりと並んで光ってい
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