、イヴン、てめえ、娘っ子に会いたいって唸《うな》ってたんだぜ、そのくせ、娘っ子がやって来ると、てめえ、豚小舎の豚のように喉《のど》をならしてやがるんだと云うところを思い出した。
 私はもう娘ではないけれど、何だか、娘さんみたいな気持ちになって来る。
 夜、ひどい吹き降りになった。
 電気をひくくさげて、小さいそろばんをはじく。いくらそろばんをはじいたところで、金が出て来るものでもない。オッカサンは鉛筆をなめなめ帳面づけ。いくらそろばんをはじいても、根が呆んやりと、うわのそらでいるせいか、いっこうに勘定に身がはいらない。まちがえてばかりいる。それでも只ひとりの肉親がそばにいる事は賑《にぎ》やかでいいものだ。
 花ちゃんやア、はあい……私はろくろ首の女だ。どこへでも首がのびて自由自在。油もなめに行く。男もなめにゆく。

(八月×日)
 万世《まんせい》橋の駅に行く。
 赤レンガの汚れた建物。広瀬中佐が雨に濡れている。
 万惣《まんそう》の果物店で、西瓜《すいか》がまっかに眼にしみる。私は駅の入口に立って白いハンカチを持って立っている事になっている。どんな男が肩を叩くのかは知らない。双葉劇団支配人と云うのは、どんなかっこうで電車から降りて来るのだろう。
 古池や蛙《かわず》飛び込む水の音。私はその蛙さんなのよ。仕方がないから古池へどぼんと飛び込むのさ。むつかしい事なんか考えちゃいない。只、どぼんと飛びこむだけのこと。
 眼鏡をかけた背の高い男が私の前を通って、またふっと後がえりして立った。充分自信のあるいでたち。「広告を見たひと?」「ええそうです」その男は歩き出した。私も、犬のようにその男の後からついて行った。まさか、私が、夜店を出しているしがない女とは思うまい。私は今日は、びっくりするほど、おしろいを白くつけて来たのだ。田舎娘上京の図である。
 雨の中を須田町まであるいて、小さいミルクホールへはいる。この男も、あまり金があるのでもあるまい。
 双葉劇団と云うのは田舎まわりの芝居なのだそうだ。女優が少ないので、もうすぐからでもけいこにかかってもいいと云った。
 白いハンカチが胸ポケットからはみ出ている。何だか忘れそうな影のうすい顔だ、いやらしいものが直感で胸に来る。どんな事でもがまんはするけれど、こんな男にだまされるのは厭《いや》だ。サラリーは働き次第だと云う事だけれど、
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