ないか。」と云う、その私の大した事でもない仕事に、私はいまなお拘泥して生きているのです。何も大道の真中を行くのばかりが小説でもないと思っている。片隅の小道を通るような、私なりに小さくつつましいものが書きたいと思います。
 どうも、私はこの頃恐怖症にかかっているのかも知れない。人がみなおそろしく思える。訪ねてくれる人より外、私は私の方からは誰も訪ねて行かない。夢をみてもおそろしい。現《うつつ》でいても時に後に誰か立っているような錯覚をおこしている。大きな心でいたわりあってくれるものと云えば、もう犬ぐらいのものです。月夜、石の段々に腰をかけていると、犬だけが、私によりそって来ている。私の手からはもう何もなくなってしまいました。本当は月夜の自分の影さえもなつかしいのだけれど……。私の頭の中はいま真空だ。危急なものが流れこんで来そうに思える。その危急なものをまとめてみたいと日夜考えているのだけれども、その正体をつかむまでに至らない。ここまで書いて来て、何度となくこの様なぶちまけを書く事に私は嫌悪をもよおして来たのだけれど……。まアいいとしましょう。
 人にあれこれ云われなくても反省しすぎる位、反省して私は自分の事をさらけだしているつもりだ。この上何の思い出だろう。過去の事は、苛《いじ》められる笞にしかすぎない。
 今は、両親とも別居してしまいました。広い家には私は女中と二人で気抜けしたように呆んやりしているけれど、愛してほしいと云う気持ちの母親が、まるで子供みたいに遠く離れていっていますし。――新聞を見ると毎日身上相談と云うものがある。実際女と云うものの身上が、いかに大根《おおね》がなくて弱々しいのかと笑っていたけれども、私も段々笑えなくなり始めました。
 只、力を出して仕事に熱中し努力したいと思っています。それより他には私には何もなくなったのだ。何かもっと云いたい気もするけれども、心が鬱々としている時、何かはっきり云えない気持ちなのです。――静かな観照、素材の純化、孤独な地域、この様な作品を長年|憶《おも》っています。そして私の反省は死ぬまで私を苦しめることでしょう。
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     第三部

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(三月×日)
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烏《からす》が光る
都会の上にも光る
烏が白く光る
花粉の街 電信柱のいただき
ゆれますよ ゆれてるよ
停るところが
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