お茶でも飲みましょう!」
「ええ、ありがとう、奥さんもいま一緒に何か演《や》っているんですか?」
「あああれ! 死にましたよ、肺炎で。」
あんなにも憎しみを持って別れた女優の顔が、遠くに浮んで、私はしばらくは信じられなかった。この男はとても真面目な顔をして嘘をついたから……。
「嘘でしょう。」
「貴女に嘘なんかついたって仕様がないもの、前々から体は弱かったのね。」
「本当ですか? 気の毒な……顔をつくって下さいな、私初めて貴方の楽屋を見たの。楽屋の中って随分淋しいもんね。」
男と話していると、背の高い若侍が、両刀をたばさんではいって来る。
「ああ紹介しましょう、この人は宮島|資夫《すけお》君の弟さんでやっぱり宮島さんと云うひとです。」
このひとはきっちりと肉のしまった、青年らしい肩つきをしていた。――随分、この男も年をとったとも思えるし、鞄の中から詩稿なぞを出しているのを見ると、この人が役者である事が場違いのような気がして仕方がない。体だって肥っているし、それに年をとって、若い渋味のない声だし、こんな若い人達ばかりの間に混って芝居なんかしているのが、気の毒に思えて仕方がなかった。私はこの男と田端に家を持った時、初めて肩上げをおろしたのを覚えている。「僕の芝居を見て下さい、そして昔のように又悪口たたかれるかな。」私は名刺をもらうと楽屋口から外へ出た。今さらあの男の芝居を見たところでしようがないし、だが、大きな雨がひとしずく私の頬にかかってきたので、あわてて小屋へはいるなり。舞台はバテレン信徒を押し込めてある牢屋《ろうや》の場面で、八重子の華魁《おいらん》や、牢番や、侍が並んでいる。桜がランマンと舞台に咲いている。そして舞台には小鳥が鳴いていた。長い愚にもつかない芝居である。私は舞台を眺めながら色んな事を考えていた。「バテレンよゼウスよ!」あのひとは一寸声が大きすぎる。私は耳をふさいであの男の牢屋の中の話を聞いていた。八重子の美しい華魁が牢の外に出ると、観客は湧き立って拍手を送っていた。美しい姿ではあるけれども、何か影のない姿である。私は退屈して外へ出てしまった。あのひとは「お茶でも一緒に飲みましょう。」と言ったけれど、縁遠いものをいつまでも見ていなくてはならないなんて、渦は一切吸わぬ事だ――。薬屋をみつけては、小さいカルモチンの箱を一ツずつ買う。死ねないのならば
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