! 何だね、俺ァ気味が悪いでッ。」突然トンキョウな声がおこると、田舎者らしい子供連れのお上さんが、網棚の上を見上げた。お上さんの目を追うと、芸人達の持ちものである網棚のバスケットから、黒ずんだ赤い血のようなものがボトボトしたたりこぼれていた。
「血じゃねえかね!」
「旅のお方! お前さんのバスケットじゃねえかね。」
背中あわせの、芸人の男女に、田舎女の亭主らしいのが、大きい声で呶鳴《どな》ると、ボンヤリと当もなく窓を見ていた男と女は、あたふたと、恐れ入りながら、バスケットを降ろして蓋をあけている。――ここにもこれだけの生活がある。私は頬の上に何か血の気の去るのを感じる思いだった。そのバスケットの中には、ふちのかけた茶碗や、朱のはげた鏡や、白粉《おしろい》や櫛《くし》や、ソースびんが雑然と入れてあった。
「ソースの栓が抜けたんですわ……」
女はそう一人ごとを言いながら、自分の白い手の甲にみみずのように流れているソースの滴をなめた。その侘し気なバスケット物語が、トヤについたこの人達の幾日かの生活をものがたっている。女のひとはバスケットを棚へ上げると、あとは又汽車の轟々《ごうごう》たる音である。私の前の弟子らしい男達は、眠ったような顔をしていた。
「ああ俺アつまらねえ、東京へ帰って、いまさんの座にでもへえりていや、いつまでこうしてたって、寒くなるんだしなア……」
弟子たちのこの話が耳にはいったのか、紺縮みの男は、キラリと眼をそらすと、
「オイ! たんちゃん、横川へついたら、電報一ツたのんだぜ。」
と、云った。四人共白けている。夫婦でもなさそうな二人のものの言いぶりに、私はこの男と女が妙に胸に残っていた。
夜。
直江津の駅についた。土間の上に古びたまま建っているような港の駅なり。火のつきそめた駅の前の広場には、水色に塗った板造りの西洋建ての旅館がある。その旅館の横を切って、軒の出っぱった煤けた街が見えている。嵐もよいの湫々《しゅうしゅう》とした潮風が強く吹いていて、あんなにあこがれて来た私の港の夢はこっぱみじんに叩きこわされてしまった。こんなところも各自の生活で忙がしそうだ。仕方がないので私は駅の前の旅館へひきかえす。硝子戸に、いかやと書いてあった。
(九月×日)
階下の廊下では、そうぞうしく小学生の修学旅行の群がさわいでいた。
洗面所で顔を洗っていると、
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