も大勢の頭の後から新聞をのぞきこんだ。
――灘《なだ》の酒造家より、お取引先に限り、酒荷船に大阪まで無料にてお乗せいたします。定員五十名。
何と云う素晴らしい文字だろう。ああ私の胸は嬉しさではち切れそうだった。私の胸は空想でふくらんだ。酒屋でなくったってかまうものかと思った。
旅へ出よう。美しい旅の古里へ帰ろう。海を見て来よう――。
私は二枚ばかりの単衣《ひとえ》を風呂敷に包むと、それを帯の上に背負って、それこそ飄然《ひょうぜん》と、誰にも沈黙《だま》って下宿を出てしまった。万世《まんせい》橋から乗合の荷馬車に乗って、まるでこわれた羽子板のようにガックンガックン首を振りながら長い事芝浦までゆられて行った。道中費、金七十銭也。高いような、安いような気持ちだった。何だか馬車を降りた時は、お尻が痺《しび》れてしまっていた。すいとん――うであずき――おこわ――果物――こうした、ごみごみと埃をあびた露店の前を通って行くと、肥料くさい匂いがぷんぷんしていて、芝浦の築港には鴎《かもめ》のように白い水兵達が群れていた。
「灘の酒船の出るところはどこでしょうか?」と人にきくと、ボートのいっぱい並んでいる小屋のそばの天幕の中に、その事務所があるのがわかった。
「貴女お一人ですか……」
事務員の人達は、みすぼらしい私の姿をジロジロ注視《み》ていた。
「え、そうです。知人が酒屋をしてまして、新聞を見せてくれたのです。是非乗せて戴《いただ》きたいのですが……国では皆心配してますから。」
「大阪からどちらです。」
「尾道です。」
「こんな時は、もう仕様おまへん。お乗せしますよってに、これ落さんように持って行きなはれ……」
ツルツルした富久娘《ふくむすめ》のレッテルの裏に、私の東京の住所と姓名と年齢と、行き先を書いたのを渡してくれた。これは面白くなって来たものだ。何年振りに尾道へ行く事だろう。あああの海、あの家、あの人、お父さんや、お母さんは、借金が山ほどあるんだから、どんな事があっても、尾道へは行かぬように、と云っていたけれど、少女時代を過したあの海添いの町を、一人ぽっちの私は恋のようにあこがれている。「かまうもんか、お父さんだって、お母さんだって知らなけりゃ、いいんだもの?」鴎のような水兵達の間をくぐって、酒の匂いのする酒荷船へ乗り込むことが出来た。――七十人ばかりの乗客の中に、
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